堕ちた飴細工
第26話 飴細工のその後
「あ……あっあ…」
新人の奴が目の前の光景に冷や汗と油汗を一瞬にして滝のように流し、その場に蹲り吐く。吐き気を促す臭いが辺りに広まるが、そんなのに構っている暇なんてなかった。
「なんてことだ……」
今、御石伊聡と流麗月飴は飛び降りた。ドンと鈍い音が響き、下では悲鳴が飛び交っている。
俺はズルズルと体を動かして投げ捨てられたスマホをゆっくりと拾う。さっきの衝撃なのだろうか、スマホ画面は少しひび割れているが電源はきちんと付く。スマホケースには暗証番号が書かれており、それの通り入力するとパッとロックが解除させる。
「先輩、今はまず状況確認です」
「…………そうだな」
俺たちと警察は協力してその場を何とか収めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
とても高いところから飛び降りた2人の体は原型が残らないほど酷いものとなり、体の一部が融合してしまいもう離すことは出来ないほどに溶け合ってしまった。
その場の死体を見た人の中には彼らのあざや傷を見たものもおり、実は虐待から逃げていたのではないかという憶測が浮上し、そこから根も葉もない憶測が次々と飛び交う事となった。
そんな2人の死は一気に広まり、御石聡と警視庁には沢山の報道陣が押し寄せた。
議員の息子と有名人の娘、そんな関係の2人がキスをしながら飛び降り自殺。フィクションのような恋愛逃走劇に皆は目を光らせて沢山の枠を取り、すぐに映画化も決定される前代未聞の事態となった。
2人が残したスマホには虐待のことや庭に埋まっている流麗月夫婦の死体のこと、ここ1週間の事柄が事細かく書かれており、民宿を当てるのも何一つ難しいことではなかった。
「さぁ、俺は知らなかったよ」
俺が今事情聴取をしている男はヘラヘラとしていた。名前は多々良悠鶴、25歳。本人は2歳から50億歳を彷徨っていると言って聞かないが。
「そんな嘘が通用するか」
「本当だって。偶々同姓同名で、偶々顔が似てるだけだと思ってたんだって」
そんなことあり得ない、何故分かっていたのに警察に通報しなかったのか、何か裏があるのではないかと民宿を隅々まで調べたが何もなかった。
流麗月飴のスマホケースからは御石伊聡と多々良悠鶴と一緒に撮ったプリクラ写真が残されていた。それを問うても何もはっきりとしない回答ばかりだ。
「でも、本当に俺の祖父母は知らないよ、テレビ見ないし」
「お前は知っていたんだな?」
「さあ?あんたが言ってる2人と俺が知っている2人、同一人物だと誰が証明できる?出来ないでしょう?宇宙人に攫われて中身が違うかもしれない、外見は同じでも中身が違ったらそれは同一人物だと言える?どうかな、遺伝子と細胞が同じであろうと…」
「ああもう良い!」
「あら、ここから面白くなるのに」
この男は不意に何かを言ってはあり得ない方向に話を進める。そのおかげで予定の時間よりもかなり長くこの男と話していることになっている。
「知っていることを話せ、全てな」
「俺が話す必要ある?全部2人が残してくれたでしょう?」
「………何故、知っている」
「はは、分かるでしょ、普通に」
奴は笑うと髪をバサリと解いてゴムをくるくるとさせる。
「アンタが言う2人と俺の知る2人、それが同一人物だと仮定した上で話そう。ああ、知ってたよ。彼らが今行方不明の2人で、恋人同士で、流麗月晶を殺したこと。そして、死のうのしてたことぜーんぶ」
「何故そこまで知っていて警察に連絡を入れない!」
「何で?する義務なんて無いでしょ」
「1つの連絡で2人の命を救えたんだぞ!」
「2人を地獄に縛るのが、あんた達の役目なの?」
「何を言っている」
奴は面倒くさそうにハァと溜息を吐く。
「何で分かんないかなー、全部見たんじゃないのー?正義の味方ならどっちが悪か、ちゃあーんと見定めないと」
奴はガタリと立つと、急にドンとマジックミラーになっているガラスを叩く。
「ねぇ、気付いてるんでしょ。俺だって知ってたよ、2人が虐待されてること」
奴は向こう側にいる人物に話しかける。ここからは見えていないはずなのに、何故そこにいると分かるのか。刑事番組で学んだのか?そんな俺を端に、奴は鋭い瞳のまま低い声で話し出す。
「2人は自分たちのために流麗月晶を殺して自由になった。それなのに、アンタ達が壊したんだ。2人の幸せを」
奴はこれまでと一変し、長い髪を流して途轍もない圧を纏っている。気の弱い奴だったらその迫力に怯えて失神してしまいそうなほどだ。
「アンタ達は言わないんでしょ?2人が虐待されてたこと。そうだよね、2人はもういないから2人の意思は聞けないし、尊重するべきは生きてる人間の意志だ。御石聡は金を払ってこの事実を隠蔽する、2人のことは無かったことにする、2人の人生を賭けた最大限の抵抗を!!!」
奴はドンとガラスを殴り、そのままくるりとこちらに向き直る。殴った手の指はジワジワと青紫や赤黒い色に染まっていく。指の骨がさっきの衝撃で折れ、内出血を起こしているのだろう。しかし、奴は悲鳴や呻き声一つ上げないで俺に問いかける。
「2人の体見た?あのあざと傷の数。痛々しいにも程がある、何年も何年も手に塩かけて、蝶よ花よと育て上げた反抗行為を一切しない、ボロボロに砕けた飴細工の体。それを見てまだ俺に何故連絡しなかっとかほざくわけ?」
「……………」
「もう死体は掘った?流麗月晶の死体、庭に埋められてたでしょ。なーんで最初に庭を調べないかなぁ、バカだよねぇ」
「何故知っている!?」
「普通に考えれば分かるでしょ、ただの家出じゃないこと、虐待されてること、殺して庭に埋めたこと、死にたがってること、死んで、幸せになろうとしていること」
奴はペラペラとまだ公開されていない情報を喋っていく。それが初めは全て憶測で、本人たちと答え合わせをしたと知った時、俺と話を聞いている皆は戦慄する。
奴は何でも知っている。それこそ、天から全てを見下ろしている神の様に。
そんな奴は、神がしないような慈愛に溢れた哀しそうな、諦めた様な、そして、悔しそうな顔をする。
「俺は止めなかった。俺に、人類に、世界に、宇宙に、神も仏もそんな資格なんて無いから。俺はただ幸せを願うことしかできなかった」
奴は俺に近づいて胸ぐらを掴む。俺はそこそこに鍛えているのに、一気に体を持ってかれる。
「それなのにアンタ達はその結婚式を邪魔したんだよ」
奴の瞳にギラギラと浮かぶ負の感情は禍々しく大きな蜷局を巻き、今にも俺を飲み込んで絞め殺してしまいそうな雰囲気を出している。奴は完全で絶対的な捕食者で、俺は完全で絶対的な捕食対象だ。
「彼らは諦めてた。この世界に絶望して、その中での光が互いだった。世界は広いなんて言ったって、彼らは産まれた時から標本にされた飴細工の蝶で、武器なんてただの飴細工ですぐに壊れてはいお終い、自分を刺してるピンを抜くどころかもっと飴細工の体は傷ついて割れちゃう。だから外のことなんて知るわけ無いし、たった16、7年で何が知れるんだよ。誰かに頼ろうたって自分の親が全て揉み消して意味が無い、そんな環境なのに今更頼れだなんだ、自分たちは味方だなんだ言っても信じるわけないでしょ、全部試して無駄だったんだから!!!」
「飴細工じゃ、この世界に勝てなかった」
奴は言う、彼らは飴細工だと。飴細工のように綺麗で繊細で、儚く脆く砕けやすいと。
「飴細工は壊れた。壊して砕けた後も世界はその飴細工を貪り食って、一欠片も残さず味を噛み締め舐める。それが今の状況だ、分かるかい?自称正義の味方さん」
奴は俺から手を離すと両手を広げて天を仰ぐ。その姿はまるで宗教画みたいで、本当にこの世の人物なのかと疑ってしまう。
「世間は彼らを悲劇のラブストーリーとして取り上げた。可哀想だ何だ言って、同情の声を上げるんだ」
「そんなことさせない。俺たちはきちんと真実を話す」
「嗚呼いいね、もう手遅れだけど、そうしてよ。それが、彼らに見せれる最大限の敬意だ。それですら、彼らの死は世界にとって甘い蜜でしかないけど」
奴はガタンと乱暴にパイプ椅子に座り長い髪を靡かせる。
「彼らは死んだ。これについてどう思う?」
「……………もっと、早く駆けつけるべきだった」
「違う違う、そんなんじゃない。2人はどうだったと思う?この人生において」
「………やり残したことが沢山ある、辛い人生だったんじゃ無いのか?」
「ハッ馬鹿だねぇ、みーんな馬鹿」
「そう言うお前はどうなんだ」
「さぁ?それは本人達に聞かないと分からないよねー」
「おいお前、」
「ただ、一つだけ言い切れることはあるよ」
「何だ?」
奴は立つとまっすぐ俺を見据え、その瞳は飴細工のように沢山の色を持ちキラリと光る。
彼らが持っていた、砕けてしまった飴細工を代わりに反射するように。
「飴細工は幸せだった」
飴細工は幸せだった 柊 来飛 @hiiragiraihi
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