第24話 青春の飴細工

青春の飴細工

 7月27日


「ほらガキども起きろー」


 バサリとかけていた毛布をとられ、カーテンを開けられて強い日差しが目にかかる。


「きゃあ!眩しい!」


「起きろ起きろー、テレビつけるぞー」


 悠鶴さんはもう慣れた様子でテレビをつけると、恒例のように俺と飴のニュースが流れる。


「警察も仕事が遅いね、この調子だとまだ死体見つけられてないんじゃないの?」


「わざと言ってないだけかもしれませんよ」


「そうかな?あの流麗月晶が死んだという事実は今世界でとてつもない蜜を孕んだ甘~いゴシップニュースだ、それを使わないテレビ局があるかよ」


「警察が言ってないだけかも、」


「この事件に注目してくれるのに何で隠す必要があるんだよ。警察も今この事件で手柄を上げようと血眼になって捜査中だ」


 悠鶴さんは明確にそれぞれの立場から意図を紐解いて解説していく。


「ま、今日中には死体見つかっちゃうかもね」


 悠鶴さんはそれだけ残して部屋を後にする。俺と飴は着替えてから下に降りて朝食を食べた後、すぐに部屋に戻って荷物を確認する。多分もう、ここに居られるのは短い。いつでも逃げられるようにしておかなくては。


「よぉガキども、今日はどっか行くか?」 


 荷造りを確認していると悠鶴さんが訪ねてくる。


「変装してどっか行きたーい!ねぇ、良いよね伊聡!」


「えぇー…変装、ちゃんと出来る?」


「出来るもん!」


「じゃあ変装終わったらこいよー」


 行き先も何も決まってないのに悠鶴さんは下に降りて行ってしまう。俺と飴は慣れないメイク道具やウィッグを使って何とか変装する。俺はメガネと帽子を被り、飴はそばかすを描いてマスクをし、ロングヘアのウィッグを被りそれを三つ編みにする。


「なーんか伊聡感が抜けないね」


「飴は何でこんなに様になるんだよ」


 ちゃんと変装しているはずなのに俺たち2人はなんかごちゃごちゃな変な雰囲気に成る。飴に至っては芋っぽく仕上げたはずなのに、これはこれでミステリアスな感じになってモデルみたいだ。


「まぁいいや、しゅっぱーつ!」


 飴は俺の手を引いて下に降りると、悠鶴さんも軽く変装をしていた。髪は下ろして帽子を被り黒のマスクをしている。


「悠鶴さん不審者みたーい」


「おうおう悪かったなぁ」


 何とも言えない雰囲気も纏う悠鶴さんは不審者っぽいが、それをかき消す色気みたいなのを振り撒いている。どこか流麗月晶に似たものを持っているんだと今更ながらに俺は思う。


 外に出ると古い車種の車が置いてあり、悠鶴さんはそれに乗り込む。俺たちも後部座席に乗り込んで悠鶴さんが行く目的地に身を委ねる。


「都心のことも知っといた方がいいからなー」


 その言葉で行き先が都心だと知る。俺が耳打ちすると、飴は一気にテンションを上げる。


「やったー!都心だー!」


「飴前住んでたって言ってたじゃねぇか」


「自由に外出出来た訳無いでしょ!女子高校生らしいことなーんにも出来てないんだから!」


 飴はスマホを取り出してこれからの予定を立てている。俺がチラリと覗くと、スマホ画面にはプリクラとかカラオケとか、ゲームセンターとか色々書いてあった。

 

 車を走らせること数十分、悠鶴さんは駐車場に車を置いて外に出る。都心は本当に人が多くて俺たちははぐれないように手を握る。


「さて、どこに行くんだ、嬢ちゃん」


「ゲームセンター!」


「じゃあこっちだな」


 悠鶴さんは地図を見ずにスタスタと歩く。俺たちは肩が当たったり躓いたりしているのに、悠鶴さんはフラフラとうまく人混みを分けて誰に当たらずに進んでいく。

 どこかの施設に入るともうそこは涼しい別世界で、ガヤガヤとコインの音やゲームの音が耳を着飾っていく。


「取るぞー!」


 飴は早速近くにあったクレーンゲームに行くが、確率機な為すぐには取れない。飴はすぐに諦めて違うゲームの方に行く。


「車のやつだってー!勝負しよー!」


「昔からあるやつだぜこれー、なつー」


「悠鶴さんもやろー!」


「いいぜー」


 俺たちは小銭を入れて位置に着く。スタートダッシュは同じだったのに悠鶴さんはどんどん俺と飴を置いて先にゴールしてしまう。


「早すぎません?」


「慣れてるからなー」


 悠鶴さんはハハハと笑う。飴は勝敗なんかどうでもいいらしく、次はプリクラを撮るんだと言って俺の腕を引く。そこには女子高校生が沢山いて俺と悠鶴さんはとても目立っていた。変装していても顔の良さを隠せていない飴は一際目を引いて、悠鶴さんもその雰囲気からの何処かのモデルなのではないかと女子高校生の口から様々な憶測が漏れる。

 空いたプリクラ機に入るや否や、すぐに写真撮影が始まる。目の前の画面は俺たちに曖昧な指示を出す。


「ねぇポーズだって!なんか可愛いポーズ!」


「えー…」


 俺はあまり乗り気じゃないが飴が楽しそうだからいいやと思い不恰好なハートを手で作る。飴はとびきり笑顔でアイドルのような完璧なハートを作り、悠鶴さんはやる気のない気怠げな面持ちでハートマークを作る。それぞれ個性が出ていて一種のアイドルグループかと思うほどの内容の濃さだった。

 プリクラで撮った写真は盛りに盛れていて、俺と悠鶴さんの目はギュンと大きく、飴に至っては宇宙人みたいになっていた。これなら普通の飴の方が断然可愛いぞ。そう思って隣の飴を見ると、飴は真剣な面持ちでカツカツと音を立てながらペンを動かして落書きをしていた。出てきたプリクラ写真は3人で分け合い、飴はスマホカバーの中に大事そうにしまう。


「えへへー、楽しいねぇ」


「……悠鶴さん、俺らの写真なんて撮って良いんですか?もし俺らが捕まった時これ見つかったら絶対警察に言われますよ」


「そのときはたまたま会った人と撮ったとか言うし気にすんな」


 のらりくらりと掴めないこの人ならあり得そうな状況に妙に納得してしまう。飴は一通りゲームを終えた後、カラオケに行きたいと言い出した。


「カラオケなら飯も食えるし時間潰しにちょうど良いぜ」


 悠鶴さんも肯定的ですぐにカラオケに足を運ぶ。夏休み期間だからかとても混んでいてすぐに入れなかったが、フリータイムで入ったカラオケボックスは案外居心地の良いところだった。


「何歌うんだ?」


「最初悠鶴さん歌ってよー」


「あー?ガキが知ってるような曲俺歌えねぇぞー」


 そう言いながらも最初の一曲目は歌ってくれるらしく、悠鶴さんの年代よりももっと古い曲を選択して歌っていた。知らない曲ではあったが悠鶴さんは音程をほぼ外さずに歌っており、とても上手いことだけは分かった。


「98!?やば!悠鶴さん上手~!」


「点数だけが全てじゃねぇけどな」


 悠鶴さんは俺にマイクを渡す。俺はとりあえず人気曲を入れてそれを歌う。点数は平均くらいで次は飴だった。飴は自分の父親が歌っていた曲だと言ってその曲を入れたが、その曲は流麗月晶のために書き下ろされた曲だった。飴がこの曲を歌うのは予想外だったが、血の繋がりのせいか他の人が歌うとなんか物足りないこの曲を飴は完璧に歌って見せた。


「見てー!100てーん!」


「やば…」


「おー、初めてで100点出す奴初めて見た」


「暫定一位!」


 飴と俺が歌っている途中、悠鶴さんはポテトとか色々頼んでくれて俺らはそれを食べながら歌い続ける。


「伊聡ー、デュエット?しよー」


「曲なんかある?」


「お前たちにはこれが似合うだろ」


 悠鶴さんが入れた曲は一昔前の曲で、自分の恋人が殺人を犯し、それでも一緒に居たいと共犯になる曲だった。当時、この曲は賛否両論だったようであまりテレビなどでは使わなれなかったが、流麗月晶がこの曲が好きと明言したからは一気に知名度が広まった曲でもあり、今でもこの曲はカラオケランキング上位を占める。


「知ってるだろ?」


「ええ、今ならこの主人公の気持ちが分かります」


「私もー」


 俺と飴は順番に歌っていく。ああ、この時の気持ちはこんな感じだったのか、それが痛いほど分かってしまい良い曲だと思う反面、逆に解釈違いも起こして気持ち悪い曲だとも思ってしまう。


「見て伊聡!100点だよ!」


「ほぼ飴のおかげだけどな」


「違うよ、伊聡のおかげだよ」


「臨場感凄かったぜー」


 悠鶴さんはパチパチと拍手をしてマイクを取る。悠鶴さんは色んなジャンルの曲を歌うが、それに合わせて声色がガラリと変わるからまるで別人が歌っているのかと錯覚してしまう。低い男性の声から高い女性の声まで、この人本当に何者なんだ。


「悠鶴さんって人間?」


 飴が聞くと、悠鶴さんは「何だと思う?」と逆に聞いてくる。


「分からないから聞いてるのに」


「人間かもしれないし、人間じゃないかもしれない。だってそうだろ?俺が人間だと、人間じゃないと、一体誰が証明できる?出来やしないさ、この世の誰にも」


 悠鶴さんは世界の真理みたいなことを言ってその話を終わりにする。喉も枯れてきた頃、もうそろそろ帰ろうと会計をしようとするが全て悠鶴さんが払ってくれた。


「楽しかったー!!悠鶴さんありがとう!」


「良いもん見せてもらったからな、今回はチャラで良いぜ」


 車で帰っている途中俺と飴は疲れて寝てしまい、悠鶴さんが運んでくれたことを後から知った。


 

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