第13話 劇薬の飴細工
劇薬の飴細工
「はぁああああ!!??」
昼休み、廊下に驚きの声が響く。今日は待ちに待ったテストの結果発表日だ。皆揃いも揃って廊下にテスト結果を見に行く。俺も飴と一緒に結果を見に行って、来てみたら声が響いていたというわけだ。
「何だよこれ!?」
また叫び声が聞こえる。皆ザワザワとして、何が起こっているのかと混乱状態だ。近くには何故か教師たちもワラワラと集まっていて、信じられないと言う面で結果を見ている。俺には確信があった。今回のテスト、俺が絶対に一位だと。
何故なら、
全て、100点だったから。
俺も張り出された紙を見てみると、一位の欄には俺の名前が。ああ良かった、タイは居ないな。他の誰かも全部100点だったらどうしようかと思っていたが、居なかったらしい。結果も確認したことだし飴と一緒に戻ろうとしたとき、肩をあざが出来てしまうのではないかと思うほど強く掴まれる。俺は不機嫌な顔で振り返ると、そこにはクラスメイトの男子達が居た。
「おい!」
「…………何」
「お前、カンニングしただろ!!」
それはこっちの台詞だ。お前たちの方だろ、カンニングしたのは。コイツらはテストの日、カンニングがバレて生徒指導を食らった。どんな手を使っても一位になりたかったのだろうが、それは儚く、いや無様に散ったというわけだ。
「してない。それ、教師にも言われた」
担任は事前に俺の結果を知っており、一応という形で呼び出されて細々聞かれたが、なんせいつも学年一位の俺だ。特に何か検査とかもされずに解放された。逆に快挙だ快挙だとその場にいた数人の教師たちに褒めちぎられた。
「これでお父さんに良い報告が出来るな!」
その言葉に眉を顰めそうになったが、優等生の俺は無理矢理作った硬い笑顔を貼り付けて何とかその場を切り抜けた。
「おいお前ら、根も葉も無い事言うんじゃねぇ。ちゃんと監督がテストの時回ったが御石はカンニングも何もしてねぇよ」
生徒指導の教師が奴らを嗜める。それでも納得できないそいつらはギャーギャーと難癖を付けてきたが、それにイライラした教師がまたそいつらを生徒指導と見做してどこかへ連れて行ってしまった。
教室に戻ったとき、俺は飴に聞かれる。
「じゃあ一位の君にはご褒美だ」
その言葉にクラス全員、そして廊下にいた生徒と教師がみんなこちらに注目する。毛穴一つ一つに突き刺さる興味と殺意を混ぜたような様々な視線が痛い。
「ねぇ、何が良い?」
俺は立って飴の耳元でボソボソと誰にも聞こえないように言う。俺の行動に分かりやすくみんながブーイングをするような雰囲気になる。生徒ではなく教師の方がガッカリしている様子だ。一方、俺の願いを聴き終わった飴はキョトンとした顔になる。
「それで良いの?ご褒美とか、特別なものじゃないよ?」
「俺にとっちゃ特別なんだよ」
「私にとってもそれは特別だけど、もっと我儘言って良いのに」
「…………じゃあ、例えばだぞ。例えば、俺と飴がデートするって事にしよう。でも、それは簡単には出来ない。俺は議員の息子でかなり外出制限が掛けられてるし、飴だって好きに出入り出来ない。となると、現実的に出来るのは限られてくる。その結果、俺はあの提案を選んだ」
俺は議員の息子だから何かと制限が多い。クラスの打ち上げどころか社会科見学、遠足、修学旅行、全てに行った事がない。いつも校外学習を休んでいることを知っているクラスメイトは腑に落ちたような顔になるが、それはそれで俺が何を提案したのか気になるのだろう。今か今かとその内容を耳にするのを口を開け餌を貰おうとする鯉のように待っている。
「そっか、そうだね。でもそれだけじゃ物足りないから追加で何かしてあげるよ。何が良い?ハグ?頭撫でる?膝枕とか、何でも良いよ」
その提案に男子たちは欲を膨らませて「お前がいらないなら俺が」という風にこちらに視線を送る。俺は少し考えて当たり障りのない言葉を選ぶ。
「それは後で。今日の放課後までに決めとく」
「分かった」
結局、俺が人前で望みを言うことは無いということが分かったのだろう。みんなは一気に興味を失いゾロゾロと自分の教室や席に戻って行く姿を俺は遠目から冷めた目で見る。飴は席に戻る前、俺に囁く。
「じゃあ、放課後ね」
「ああ」
俺はその放課後を楽しみに、午後の授業を受けた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
放課後、最後まで残れば何か見れるだろうと特に男子たちが残っていたが、俺と飴は他愛話をするだけで何もなかった。その様子に諦めてみんなが教室を去った時、俺はようやく本音を話す。
「やっと行ったか……」
「ねぇ、本当にいいの?今まで通り放課後に話すのがご褒美で」
「ああ。充分ご褒美だ」
「ふーん。ね、私に追加で何して欲しいの?」
俺はチラリと飴の方を見て、そしてぽすりと飴の膝の上そのまま倒れる。いわゆる、膝枕だ。
「膝枕で良いの?」
「…………ああ」
俺は薄く目を開けて飴の髪をいじる。長さが整っていない髪だが、髪質は綺麗だ。俺はマジマジと飴を見る。違く角度から見る飴は新鮮で、どの角度から見ても妖美で綺麗だということが分かった。飴はずっと俺の頭を優しく撫でていて、その心地よさに眠ってしまいたかった。眠って、このまま目覚めなければ良いのにと思う。
「…………死ぬなら、飴の胸の中で死にたい」
不意に口にする。
「飴に抱かれて、飴の温かさで、飴の体温を感じながら死にたい」
それを聞いた飴は表情を変えずに話す。
「私は、伊聡君の胸の中で死にたい。伊聡君に抱かれて、伊聡君の温かさで、伊聡君の体温を感じながら幸せに死ぬんだ」
飴は続ける。
「私を保険にかけて、私を殺してさ、そのお金で贅沢してよ。私の死について報道陣に高い額で情報売って、私の死体を闇市場で高い額で賭けて、私の全てを伊聡君にあげる。金庫の番号も銀行の番号も教えるから全部持って行ってさ。どうか、幸せになって」
飴は相変わらずの表情で、外の夕陽に照らされてオレンジの影を作っている。俺は起き上がって飴と向き合う。
「俺を保険にかけて、俺を殺して、その金で贅沢してくれよ。俺の死について報道陣に高い額で情報売って、俺の死体を闇市場で高い額で賭けて、俺の全てを飴にあげる。金庫の番号も銀行の番号も教えるから全部持って行って、今すぐ幸せになって欲しい」
飴はそのままそっくり返された言葉に目を見開く。そして俺の目を手で隠した後、俺の耳に静かにリップ音が響く。どこかに触れた感触は無いから、多分自分の手の上にキスをしたのだろう。
「ご褒美」
「これ以上ない贅沢だ」
触れていない、キスのご褒美。俺も同じことをしてやると、飴は嬉しそうにはにかむ。
「私、今回良い結果じゃないのに」
「俺にご褒美くれたご褒美」
「えへへ」
こんなことバレたらもう飴と関われなくなるだろう。でも、もう無理なのだ。俺にとって、飴にとって、互いが劇薬となってしまった。相手無しでは、もう生きていけないのだ。
互いにキスを送り合った後、俺はようやく立ち上がって家に足を運んだ。
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