第11話 はじめて、自分の意思でそばにいたいと思った
その日以来、私は少しだけ変わった。
いや、「変わろう」と思えた。
たとえば、昼休みの会話で、自分から話題を出してみたり。
「今日のスカート似合ってますね」って、後輩に声をかけてみたり。
そんなの、ほんの小さな変化。
でも、私にとっては大きなことだった。
“自分”として人と関わる。
青木さんに言えたあの一言──
「あなたの前だけでは、ちゃんと私でいたかった」
あれが、私のスタート地点だったのかもしれない。
◇ ◇ ◇
それから数日後、仕事終わりに青木さんが声をかけてくれた。
「ちょっとだけ、寄り道しませんか?」
駅から少し歩いた先の、公園。
夏の終わり、蝉の声が静かにフェードアウトしていく。
自販機で買ったアイスコーヒーを手に、ベンチに座った。
「この前の話、もう一度ちゃんと言ってもらえて、嬉しかったです」
青木さんはそう言って、ふっと笑った。
「俺……佐倉さんといるとき、“自分でいられる”って感じるんですよ」
「……え?」
「最初は“何考えてるのか分からない人”って思ってたけど……見てるうちに、たぶん俺、勝手に知ろうとしすぎてたんですよね」
そう言って、こちらをまっすぐ見る。
「でも、佐倉さんの“何も言わない”っていう優しさとか、空気を読む力とか……そういう全部が、ちゃんと“佐倉さん”なんだって、今は思ってます」
その言葉に、胸の奥が、熱くなった。
認められた気がした。
今まで「ない」と思われてきた私の“色”を、
「ある」と言ってくれた。
「私……」
言葉が喉につかえる。
でも、言いたい。
「私も、青木さんといるときが、一番“自分でいられる”って思えます」
だから、
「はじめて、自分の意思で“そばにいたい”って思ったんです」
青木さんの目が、少し大きくなった。
そして──
「それ、告白ですか?」
茶化すように言いながらも、彼の目はまっすぐだった。
私は、頷いた。
顔が熱い。
でも、うれしかった。
「じゃあ……ちゃんと答えますね」
彼の手が、そっと私の手の上に重なった。
「俺も、ずっとあなたに惹かれてました」
その言葉に、何かがふわっとほどけた。
これまで透明だった私が、今、少しずつ“色”を持ち始めている。
それは誰かの真似じゃない。
私自身の、私だけの色だった。
(つづく)
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