第7話 私は、きっと特別なんかじゃない
「青木さんって、あの人と仲良いんだ」
すれ違いざまに、そんな声が耳に入った。
何気ない午後のフロア。
青木さんと隣の部署の女性、藤木さんが談笑している姿が、ちょうど見えた。
藤木さんは、明るくて、仕事ができて、誰からも好かれている人。
青木さんと話している彼女は、自然で、楽しそうで──
どう見ても、よくお似合いだった。
それを見た瞬間、心の奥で何かが沈んだ。
◇ ◇ ◇
「藤木さんって、やっぱり話しやすいですよね」
ランチのとき、由美がそう言った。
「青木さんとも、仲良い感じしません? なんか距離近いっていうか」
私はスプーンを持つ手を止めた。
「……そうかもね」
できるだけ自然に返したつもりだった。
でも、声のトーンが少し低くなってしまったのを、自分でも気づいていた。
◇ ◇ ◇
帰り道。
どうしてこんなに、胸がざわざわするんだろう。
そもそも私は、彼と特別な関係じゃない。
「嫌いじゃない」って言われたけど、
それは「好き」とは違う。
コーヒーを渡されたこと。
書類を手伝ってくれたこと。
あの人は、きっと誰にでもそうなんだ。
……そう思うことで、心のざわつきを抑えようとする。
でも。
藤木さんと笑い合う姿が、脳裏に焼きついて離れない。
自分じゃ、絶対にあんなふうに笑えない。
自分らしくいようとしたら、怖くて、動けなくなってしまうのに。
やっぱり私は、透明なままのほうがよかったのかもしれない。
そう思ったとき、胸の奥にチクリとした痛みが走った。
◇ ◇ ◇
帰宅して、玄関に置いたバッグを見つめながら考える。
「私、青木さんのことが好きなんだ」
そう思った。
自分で気づいて、ようやく言葉にしたその瞬間。
ほんの少し、目頭が熱くなった。
誰にも知られない場所で、自分の気持ちにだけは、正直になれた。
でも──
好きになったからこそ、特別じゃない現実が、痛いほどわかってしまう。
そんな夜だった。
(つづく)
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