第2話 必ず

 ダンジョンが世界中に出現したのは六年前の西暦2029年だ。見たことがない食材や鉱物。魔物が落とす、地球には存在しないエネルギー源——魔石。

 

 世界中の人たちがダンジョン攻略に熱を上げるのに時間はかからなかった。


 ダンジョンが出現するのと時を同じくして、ダンジョンに入った人間のうち、30人に1人の割合で魔法と呼ばれる特殊な力を発現させることが判明した。


 好奇心に惹かれ、ダンジョンに足を踏み入れる者たちを探索者と呼ばれるようになった。


 俺は15歳の誕生日を迎えるとすぐに、新宿ダンジョンの一階に足を踏み入れた。一階だけは魔物が生息していないため、誰でも入れるのだ。


 その時、魔法を授かった俺のすぐそばにいたのが、同じく初めてダンジョンに来て魔法を得た木場洋輔だった。


 俺たちが仲良くなるのに時間はかからなかった。あの時のことを思い出すと泣けてきてしまう。


 今は自分のやることに集中しよう。必死に思考を切り替えて、俺は知り合いを探し始めた。

 

「あのさ、お前のところ、一人メンバーが足りてないって言ってたよな。俺を雇ってくれないか……」

「あれ? お前【レガリス】を辞めたのか……」

「そうなんだ……」

「いや、実はもう最後の一人が決まっちゃってるんだ。悪いな」

「そうか……」



「よぉ、ヒロト。確か、索敵ができる前衛を探してるってこの前、言ってたよな。実は俺、今のパーティを抜けたんだ。もし良かったら俺を雇ってみないか?」

「優斗……、すまない、もう決まっちゃってるんだ。他をあたってくれ」

「そうか……、いきなり悪かったな」



「高橋さん。すみません。実は、パーティから追放されちゃいまして……。高橋さんたちが普段仲間と三人だけで探索をしていることは知っているんですけど、少しの間だけ僕も入れてもらうことってできないでしょうか?」


「加賀……」


「僕は位に関してはB級探索者ですが、そこいらのB級よりもはるかに役に立つ自信があります。索敵能力も、モンスター知識も自信がありますし、雑用だってなんだってやります! だから、パーティに入れてもらえませんか?」


「うちは3人以上は人を増やさない決まりなんだ。他をあたってくれ」


「そうですか……」


 新宿ダンジョンは俺が5年前からずっとホームにしてきたダンジョンだ。当然、自分たちのパーティ以外の知り合いも多い。協力して手強いモンスターに挑んだことだってあるし、珍しいアイテムを手分けして探したこともあった。俺の良さを分かってくれる奴も一人はいるだろう。そう思っていたが現実は非常に厳しかった。

 

 短時間で3人のパーティリーダーに声をかけたがあっけなく断られてしまった。みんなが、以前よりも、どこか、よそよそしい態度なのが引っかかるが、弱気になっている時間はない。

 

 気を取り直して、再び知り合いを探そうとしたときにある男に声をかけられた。


「よお、加賀。ついに追放されたんだってな。さっき外ですれ違ったときに洋輔が言ってたぜ」

「お前には関係ないだろ」

 

 声をかけてきたのは高木だった。こいつは俺と同い年でA級探索者をしている。高木がリーダーを務めているパーティとは一度クエストを共にしたことがあるが、嫌味な性格をしているため、俺はこいつが好きではなかった。


「どこかのパーティに入れてもらおうとしても無駄だぜ」


「なんでそんなことがお前にわかるんだよ」


「お前のところのリーダーが周りの連中にことあるごとに言っていたからな。『お前は実力がないくせに金だけは取って行く給料泥棒だ』とな」


「えっ?」


 信じられない言葉に思考が凍りつく。


「昨日だって言ってたぜ! B級のくせに立場をわきまえずA級パーティに残ろうとするゴミだって……。妹の病気を引き合いにだして金を稼ごうとする乞食みたいな奴だってよ」


「……」


「なんにせよ。お前の評判は最悪だ。ここいらの連中でお前を仲間に迎えようなんて奴は一人もいねぇよ。あきらめて、他の町にでも行ったらどうだ。まぁ、それこそA級パーティになんて逆立ちしても入れないだろうがな。あっはっは!!」


 高木は大笑いすると、酒を一口飲み、どこかへ行ってしまった。


 全身から血の気が引いていくような気がして、近くにあった丸椅子に座ると天井を見上げた。


(洋輔が俺の悪評を流していた? ゴミや乞食のようだって……?)


 追放されたのはある意味仕方がない。俺の実力が低いのは事実だ。でも、周りに悪評を流すのは違うだろう。まがりなりにも長年連れ添い、苦楽を共にしてきた仲間だぞ。それは酷すぎる。


 悲しみや虚しさや怒りが津波のように押し寄せ、心を蝕んでいく。店内の軽妙に響くジャズや、いたるところで沸き上がる笑い声の全てが俺を嘲笑しているかのようだった。


 涙が頬を伝って次々と落ちていく。誰かに見られるのが嫌で俺は急いで店を飛び出した。しばらく道を歩いていても涙は止まらなかった。


 頭の中で先ほどの洋輔たちの姿が再生される。悔しくてたまらない。腹の底から怒りが込み上げてくる。今までの人生でここまで腹を立てたことはなかった。今度、会ったら洋輔を殺してしまうかもしれない。


 親友だと思っていた男からの侮蔑の言葉は何よりも重たかった。


 小雨が降る中、タクシーを捕まえ中に乗り込んだ。


「立川総合病院までお願いします」


 いつもだったら節約のため、タクシーに乗ることなんてない。だけど今はどうしても電車に乗る気になれなかった。


 時刻は24時を過ぎている。俺は崩壊しそうになる心に喝をいれるために、深夜にも関わらず妹が待つ病院に向かった。


♢ ♢ ♢


 病院に着いたのは夜中の0時30分だった。普通はこんな時間にお見舞いには来れないのだが、妹の唯は特別病棟に入っていて、家族も俺しかいないため、昼夜問わず面会することができる。


 タクシーを降りると、腰につけていた拳銃ホルスターを外し、リュックの中にしまった。探索者は銃の携帯が認められているとはいえ、病院内で携帯するのは流石によくないだろう。


 夜間窓口で受付を済ますと、エレベーターに乗り7階へ向かった。やや暗くなった廊下を歩いていき唯がいる705号室の前にたどり着いた。


 音を立てないように慎重に扉をスライドさせると中に入り、ベッドのそばに向かった。


 唯はベットに横たわっていた。窓の外では激しい雨が降っており、窓に打ちつけてきている。


 唯は腕に点滴を付けられたまま、規則正しい呼吸を繰り返している。どうやら寝ているようだ。


 妹は半年後の来年3月に14歳になる。本当だったら今頃は中学に通っているはずだったのだが、現実は極めて残酷だった。


 二年前に発症した「進行性骨化性」という病気は、全身の皮膚や筋肉や内臓が骨のように硬くなっていってしまう恐ろしい病だった。三年生存率が低いことと、治療法が確立されていないことから国から難病指定を受けている。


 顔周りの肉が落ち、以前よりもだいぶ細くなった寝顔を見ていると心に突き刺さるものがあった。


 太陽のように輝く笑顔が特徴的だったのに、今は見る影もない。俺はたまらず唯の手を優しく握った。まるでアスファルトに触れているような冷たい肌触りが伝わってきて胸が痛む。


「あれ、おにいちゃん。来てくれたんだ」


 掠れるような小さな声が聞こえた。声の先に視線を移すと唯が目を開けていた。


「ごめん。起こしちゃったか?」


「大丈夫だよ。珍しいね。こんな時間に来るなんて……」


「ちょっと顔を見たくなってな……。体調はどうだ?」


「あまり良くないかな。薬で痛みはあまり感じないんだけどさ、どんどん力が抜けていってるような気がする。ちょっともうだめなのかもしれないよ……」


 顔は小さく微笑んでいるが、もしかしたらもう死を悟っているのかもしれない。諦めと悲しみをはらんだような表情に見えた。


「そんなことを言うな。必ずにいちゃんが助けてやるから」


「本当?」


「当然だ! お前は何も心配しないでただテレビや映画でも見ていればいいんだよ!」


「仕事の方は順調なの?」


「順調も順調だよ! 絶好調だ! もうすぐエリクサーが手に入る。必ずにいちゃんが助けるから唯は治った後にやりたいことでも考えていてくれ」


「うん……分かった……」


「さぁ、また眠りな。もう遅いから……」


 俺は捲れ上がった布団を唯の上にかけていく。


「うん」


 しばらく手を握っていると唯は再び規則的な呼吸をし始めた。俺は手を離し唯の頭を優しく撫でた。


 唯には伝えていないが、先週、面談した時に医者から14歳の誕生日は迎えられないかもしれないと言われている。


 あと半年以内にエリクサーを手に入れ、妹を助ける。俺はそのことしか考えていなかった。


 A級パーティに所属し、半年以内に2億円を貯めてオークションでエリクサーを落札する。


 それが当初の計画だった。


 しかし、追放されたことにより計画は潰えてしまった。コツコツ貯めてきてはいるが2億円まではまだかなり遠かった。


(なんとしてもエリクサーを手に入れる。でもどうやって……)


 静かな寝息を立てる唯の横で、俺は必死に思考を巡らせていく。




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