魔女さんちの、あさヒルヨル

コウノアヤ

第1話 筍

「どうぞ、お入りください」

 浅田は応接室のドアを開け、依頼人の女性を中へと促した。革張りのソファと木製のローテーブルが据えられた部屋には、初夏の陽光が爽やかに差し込み、大切な客人を迎え入れる。

「こちらがご注文のお品物です。お気に召しますでしょうか」

「……これが」

 女性の目は、部屋の中央に釘付けになった。

 革張りのソファの脇に、一体の人形が立っている。人間で言うならば二十歳ぐらいの女性の、等身大の人形である。

 象牙色の艶やかな肌に、くっきりとした目鼻立ち。眉は優美に弧を描き、藍色の瞳はきらきらと輝いている。唇は瑞々しく、淡い桃色の髪は豊かに長い。

 半袖の紺のワンピースという地味な装いが、造作や体型の美しさを際立たせていた。

 シミどころか皴一つない。肘や手指を見れば、滑らかな球形の部品で繋がれているのが判る。精巧に造りこまれた、芸術品といっても過言ではない作品だ。

「こんなに、こんなに綺麗に出来上がるなんて――」

 女性は吸い寄せられるように人形に近づき、その顔に手を伸ばした。つるんとした陶器の肌は、触れるとほんのり温かく、人の皮膚と同じような弾力がある。瞳は宝石を嵌め込んだようにしか見えないが、瞳孔や虹彩があり、藍一色ではなく微妙な色の差や陰影があった。

「こうして立っているだけで、もの凄い存在感ね」

 感嘆の溜息をもらす女性に、浅田は嬉しそうに微笑んだ。どんなに丹精込めた作品でも、依頼人が満足しなければ意味がない。

「顔の造作や身体のバランスなど、気になる箇所はありませんか?」

「何もないわ。思っていた以上に、完璧です。ほんとに完璧」

 人形を見つめたまま、女性は早口に言う。

「良かった。それでは、お座りください。目覚めの手続きをしましょう」

 依頼人をソファへ促し、浅田はその対面に座った。客人の為に用意されていたティーセットを丁寧に扱い、ほのかに甘く香るお茶を注ぐ。一口飲んだ女性が、その爽やな後味にほっと表情を和らげた。

「名前は、お決まりでしょうか?」

「サラ。色々考えてたけど、今この子を見たら決まったわ」

 傍らの人形を一度見上げ、女性は自分の感性を確かめるように、何度か頷いた。

「そうしましたら、こちらにその名前を記入して下さい」

 浅田は一枚の書類とペンを差し出した。書類は賞状のような厚手の紙で、独特な飾り文字が綴られている。浅田はこれを正確に読むことはできない。依頼人も同じだ。しかし、魔力が込められた特殊な文字で、人形の売買契約と主従契約について記されているのだと、二人とも判っている。

 これは特別な契約書なのだ。

 お茶をもう一口飲んでから、女性は真剣な面持ちでペンを手にした。書類の空欄に『Sara』と、心を込めて丁寧に書き記す。

 次の瞬間、全ての文字がほんのりと光を帯びた。

 柔らかい光は一つに集まって、ふわりと浮かび上がり、人形に吸い込まれていく。

 人形がゆっくりと瞬きし、そのきらめく瞳が女性を見つけた。

「ごきげんよう、ご主人様」

 明瞭な声が、丁寧な挨拶を紡ぐ。

「こんにちは。サラ」

 女性は少し緊張して応えた。

「貴女のお役に立てるよう頑張ります。どうか末永くご愛用ください」

 親しげな笑顔を浮かべ、サラは優雅なお辞儀をした。表情の自然さ、滑らかな所作の美しさは、誰をも惹きつけるだろう。

 魔法によって作られた自動人形――その魅力を、女性は今まさに実感した。

「こちらこそよろしく。ずっと大事にするわ」

 緊張を忘れて立ち上がり、人形の両手を自分の両手でしっかり包み込む。

「何て素敵なのかしら! 声も元気で、こんな可愛らしい子を、本当に有難うございます。魔女様には是非、心から感謝しますとお伝えください」

 涙ぐむほど感激して、女性は浅田に深々と頭を下げた。浅田は恐縮して手を振り首を振り、依頼人以上に頭を下げる。

「すみません。本当なら造り主である魔女が、契約や説明をするべきなんですけど……職人気質というか、その、あまり表に出たがらない人で……」

「あの方は出不精なの。老眼で肩凝りで、困った人なんです」

 名を与えられ。自由に動けるようになったばかりの人形は、その明るい声で、きっぱりと創造主をこき下ろした。

「ほんと、その通りね」

 つい同意してしまってから、浅田は慌てて咳払いして誤魔化す。いくら事実とは言え、『魔法で美しい自動人形を作る魔女』に対する、世間一般の神秘的なイメージを損なってしまってはいけない。

「ええと、今後も何か気になる点や、調整したいこと、不具合などございましたら、遠慮なくご連絡ください」

「ふふ。きっと何の問題も起きないと思うわ」

 魔女が顔を出さないことも含め、その評価や噂を知った上で依頼をしたのだ。女性はサラを見つめ、改めて自らの契約の意義を嚙み締めた。

 評判に違わぬ、精巧で美しい自動人形。金銭的な価値も芸術的な価値も高い。まず契約に漕ぎつけるまでが難しい。そんな奇跡的な存在が、今ここに、自分の元に居る。

 その幸運に対する感謝と、そして相応しい主人でありたいという決意が胸に込み上げた。

「さあ、帰りましょう。家族もみんな、貴女に会うのを楽しみにしているのよ」

「それは、とても嬉しいです」

「ええ。これから素晴らしい毎日になるでしょうね」

 浅田は玄関先まで二人に付き添った。別れ際も、女性は何度となく魔女への感謝を述べ、頭を下げる。

「行ってまいります」

 サラは誇らしげな笑顔を浮かべた。

「行ってらっしゃい」

 依頼人と人形が寄り添って去っていくのを見送るのは、浅田にとっても喜ばしいことだ。ずっと仲良くしていて欲しいと願いながら、遠ざかる背をしばらく眺めていた。



 人形造りの魔女は、とある郊外に居を構えていた。煉瓦造り二階建ての洋館で、広い庭にはいつも色とりどりの花が咲いている。

 工房は二階にあり、余程のことがない限り、魔女はそこから出てこない。

 世界的に有名で、殺到する注文に応えるべく日夜製作に追われている――訳ではない。単に面倒臭がりなのだ。天候だの体調だの年齢だののせいにして、工房に引き籠っている。

 浅田からすれば、不健康な生活だとは思う。けれど、魔法を使って自動人形を作り出す、そんな不思議なことをする魔女が一般的な生活を送るべきなのか、正直なところ判らない。

 浅田は去年から事務仕事を請け負って、この屋敷で暮らしている。けれど、まだ魔女のことを何も知らないのだ。

 どんなふうに魔法を使っているのか。

 そもそも魔女とは何なのか。

 ――なんにも知らないまま、ここで暮らしちゃってるんだよなあ、アタシ。

 応接室の隣にある事務室で、浅田はぼんやりとそう思った。客前ではきちんとしたスーツを着ていたが、今はブラウスにジーンズという寛いだ格好で、眼鏡を掛け、サラに関する書類の整理をしている最中だ。

 魔女は自分の作った自動人形のことを、細部に渡り記憶しているというが、実際に依頼人から話を聞くのは浅田の役目である。アフターケアの為に資料を整えおかなければならない。

 昼食にサンドイッチを用意してもらっているが、この仕事を片付けてからでいいだろう。浅田は背筋を伸ばし、真新しいファイルに丁寧に『Sara』と書き込んだ。手書きするのは、あの契約書を意識してのことだ。

「サラちゃん、か。今回の作品も凄く素敵だったなあ」

 ――ハキハキして活発な感じ、気に入ってもらえて良かった。

 嬉しそうな女性と人形のやり取りを思い返し、浅田はほんわりと微笑んだ。

 肌や瞳、髪といった素体の美しさだけではなく、いきいきとした表情、滑らかな仕草など、まるで生きているかのような出来栄えで評判の高い魔女の自動人形。数々の魅力的な作品に関わることができて、とても幸せだと思う。

「にしても、朝から何の物音もしないけど……まだ寝てるのかな、あの人」

 契約日の直前まで熱心に調整するのはいつものことだが、今日は食事も取っていない気がする。さすがに様子を見に行くべきだろうか。

 浅田は書類を仕分けながら、何となく天井を見上げた。

 二階に籠りきりの魔女とは逆に、浅田はあまり上の階に行かない。魔女に対する畏怖のような気持があるし、他人のプライベートな場所に踏み入るのが苦手なせいもある。

 住み込みで働かせてもらっているのに、雇い主の事情に疎いままでは申し訳ないと思うのだが、向こうがそれを気にしていないのも判るので、つい甘えしまう。

 ――ダメダメ、いつまでもそんなじゃ、ダメなのよ。

 ぶんぶんと首を振り、浅田は弱気な自分を叱咤する。変に思い悩んでしまうのは悪い癖だ。もっと積極的に動かねば。

 己を鼓舞しようとする浅田の耳に、玄関扉が開く重い音と、ドアベルの澄んだ音色が届いた。浅田は急に真剣な顔になり、ぱっと立ち上がる。

「ただいま戻りました」

 帰宅を告げる声に引き寄せられるように、足早に玄関に向かう。

「ヒルダちゃんヨルダちゃん、お帰りなさい!」

 浅田が迎えたのは二体の自動人形だ。

 十代半ばの少女の姿をした、輝くばかりに美しい人形である。

 くすみのない真っ白な陶磁器の肌。彫りの深い整った顔立ち。けぶる様な長い睫毛が、宝石の瞳を縁取っている。透明感すらある艷やかな唇。つんと尖った小さな顎。ゆるやかに編まれた豊かな長い髪は、絹糸のように煌めく金。華奢な肩や細い手指は、繊細の極みだ。

 身に纏うのは、飾り気のない濃紺のワンピースに、純白のフリルエプロン。メイドでございますと言わんばかりの装いが、可憐さをいや増す。

 顔の造りも着ている洋服も全く同じ二体だが、ただ一点、瞳の色が違っていた。

 一方はエメラルド。真昼の森の緑。優しい風と爽やかな日差しを思わせる。

 もう一方はサファイア。静かな湖面の青。清らかな流れと、星の輝を映していた。

 あまりにも愛らしい。美しい。芸術と評されるのも至極当然。

 まるで天使のようなという比喩が、これほどまでに相応しい存在は、きっとこの世の何処にもいないだろう。浅田は本気でそう思っている。できればもっともっとロマンティックな語彙で、二人の可愛らしさを永遠に誉め称えたいのだが。

――やばいマジ尊い。

 住み込み事務員・浅田陽子二十四歳。語彙力を失い、限界コメントを残して尊死するしかないのだった。

 そんな可愛すぎる二体の少女の足元には、荷物がどっさり詰まった段ボール箱が二つ置かれていた。

「え……今日の買い物、ちょっと多すぎじゃない?」

 二人の美貌に目が眩んで見間違えたのか、と思うぐらいの物量である。

「買ったのは一箱分なのですが」

 緑の瞳のヒルダが応え、

「坂のお寺さんに、お裾分けをいただいたのです」

 青い瞳のヨルダが言葉を継ぐ。

 言われてよく見れば、一方の箱にはスーパーストアで買うような食材や日用雑貨が、もう一方にはずっしりと太めの筍が、ぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。

「お裾分け」

 浅田は思わず復唱する。意味は判るが、彼女にとっては耳慣れない言葉だ。

「毎年のことなのですよ。昔と違って、貰いたがる人は減っているのですけれど」

「掘るのが楽しみなのですって。それから、私たちが煮物を作ることも、期待してらっしゃるんです」

 まるで硝子の鈴を振るような、透き通った心地良い声で話しながら、二人は大きな箱を軽々と抱え上げた。ふわりふわりと揺れるスカートを目で追いながら、浅田も二人の後に続く。

「応接室のお掃除を済ませたら、筍の下処理をしてしまいましょう」

「新鮮なうちに茹でてしまいましょうね。ちょうど明日は燃やせるゴミの日ですし」

 出不精引き籠もりの魔女を支え、庭を含めた屋敷の維持管理や、家事の全てを担っているのが、この華奢で可憐な二人のメイドなのだった。

「あ、アタシに何か手伝えることある?」

 浅田に聞かれて二人は同時に小首を傾げた。三つ編みが揺れる。

「ありがとうございます。それじゃあ、筍の皮むきをお願いします」

「皮、むき……」

 買ってきた品物の片付けなどを想定していた浅田は、台所仕事を指定され、思わず神妙な表情になってしまった。

「これ、殆ど皮なんです。煮るにしろ茹でるにしろ、まずは皮をむかないと」

「果物の皮や殻のように包丁を使うのではなくて、手でべりっと剥ぐんですよ」

「そ、それなら、できます」

 安心して意気込みを見せる浅田に、二人は優しい笑みを向けた。

「では、私たちがお掃除をしている間に、お昼ご飯をちゃんと食べてくださいね」

「あ、はい」



 屋敷の正面にある玄関を入って、応接室や事務室とは反対側にキッチンがある。台所というより厨房と呼ぶのが相応しいかもしれない。三口のコンロが二台、シンクは深く広く、ビルドインオーブンとは別に石窯があり、電子レンジもある。冷蔵庫が二台、炊飯器は三台、ミキサーなどの調理器具も色々と並んでいた。作業台も幾つかあり、食事をする為のテーブルと椅子も据えられている。

 一番広い作業台にビニールシートを広げ、浅田、ヒルダ、ヨルダの三人は、筍の下処理に勤しんでいた。

『筍とは、イネ科タケ亜目タケ類の地下茎から出る若芽の部分である。春先、四月から五月が旬とされる。先端、中央部、根元部分でそれぞれ食感に違いがある』云々と、昼食を取りながら調べた情報を反芻しつつ、浅田は筍の皮をぺりぺりと剥き取る。皮の外側は濃い茶色で短い粗毛に覆われ、内側は薄い色でつるんとしていて、どちらも手触りが良い。根元には赤っぽいボツボツがあって、ちょっと不気味だ。

 パックで売られている水煮なら見たことがあるが、掘り出されたままの状態で、しかもこんなに沢山ごろんと並んでいるのを見るのは初めてだった。土がついているので、本当に埋まっていたのだなあと思う。旬がいつかなどということを、意識したこともなかった。

「料理だけじゃなくて、もっと色んなことを知らなきゃだめですね」

 筍を手に、浅田は自分の無学を恥じる。

「あらまあ、そんなことありませんわ」

「浅田様が生真面目なのは美点ですけれど、難しく考えることはありませんよ」

「今は旬を問わず、一年中色々な食材が揃っていますから」

「火を通すべきものかどうかと、適した保存方法を覚えておけば、それで充分です」

「筍は、新鮮なものなら生で食べられますよ」

 外皮をむいた筍の根元を削いで、穂先を切り落とし、縦に深く切り込みを入れる。ざっくざっくと手際よく作業を進めながら、二人は代わるがわるに浅田を励ました。造りが美しいだけでなく、手先が器用で、気遣いも完璧。本当に良く出来ている。

 浅田は二人の作業が停滞しないようにと、外皮をむく手を早めた。コンロには既に大きな鍋が二つ用意されている。ゆっくりと茹でて灰汁を抜き、自然と冷めるのを待ってから、残りの皮を剥がすのだそうだ。

 そうやって三人で作業をしている台所に、のそりと誰かが入ってきた。

「おなかへったよー」

 ぼさぼさの長髪、だぼっとした寝間着姿の長身の女が、呻くように訴える。

「わ! 起きてきた」

 意外なタイミングで出てきた雇い主に、浅田は率直な驚きを示した。

「ご主人様、お早うございます」

 ヒルダとヨルダは居住まいを正し、見るからにだらしない主人に対して、完璧に礼儀正しく挨拶する。

 高名で面倒臭がりの魔女は、光を吸い込んでしまいそうな真っ黒な髪をかき上げて、不満げな顔をした。

「寝てない。起きてたんだよ、ずっと」

 分厚い眼鏡の奥の目はどろんとしていて、どう見ても寝起きのようだが。

「とにかく腹減った。何か食べたい」

「そういう時は、冷凍庫の焼きおにぎりをレンチンなさって下さいと申しましたでしょう?」

 呆れたような声音で言いながらも、ヨルダは主の為に作業台を離れ、市販の冷凍焼きおにぎりを説明書通りに温めた。

「そっちは?」

 テーブルについたものの、三人で作業をしている方が気になるのか、魔女はヒルダに問う。

「筍の下茹をするところです。まだ食べられませんよ」

「ああ、寺の。もうそんな時期かあ……あちッ」

 はふはふと焼きおにぎりを頬張る魔女に、ヨルダがさっとコップを差し出した。良く冷えた麦茶が入っている。更にヨルダは、主人の飲食の邪魔にならない立ち位置で、ぼさぼさと鬱陶しい髪を結い、ずるずるした寝間着の裾をさっと整えた。全ての所作が無駄なく優雅で、まるで手品のようだ。

「今年も豊作だねえ。浅田は、筍好き?」

 世話をされるに任せ、魔女はのんびりと話を続けている。

「えと……多分、嫌いではないです」

 浅田は曖昧に答えた。正直、味の印象があまりない。

「炊き込みご飯がおすすめ」

「色んな食べ方があるんですよね。これだけあると、何種類も作れそう」

 皮を剥いでしまえば見た目の半量ほどになるが、そもそも段ボール箱いっぱいに入っていたのだ。

「しばらくは筍尽くしだねえ。どうせ寺にもお裾分け返しするでしょ?」

「勿論。煮物だけでは済ませません」

 ヒルダは意気込んで応えた。

「爺さん、ここんとこ煮物圧かけてくるよね。昔は穂先の炒め物とかさ、結構こってりしたの好きだったじゃん。年取って、一丁前に油もの避けるようになったよなあ」

 屋敷にほど近い、坂の上にある寺の住職は、八十歳ぐらいの矍鑠としたお爺さんだ。彼の若い頃を知っているような口ぶりに、浅田はじっと魔女を見つめた。二十代半ばの自分と比べれば確かに年上に見えるが、老人という程ではない。

「まあ、元気なうちに好きなだけ掘って好きなだけ食って貰お」

「はい」

 自動人形は当然ながら年を取らないが、魔女はどうなのだろう。

 魔法で見た目を変えているのか、それとも――?

 黙り込んだ浅田を、少女たちが気遣うように見やる。

「浅田様、手元がお留守ですよ?」

「ご主人様のお顔にご飯粒がついていることは、声高に指摘していただいて構いませんからね」

「あ、いえ、すいません。何でもないです」

「ふふふ、この美貌に見とれてしまったかしら」

 頬についた飯粒をぱっと払い、魔女は長い指先を顎に当てて気取ってみせた。

「寝言は就寝中にお願いします」

「せめて顔を洗ってから自惚れて下さい」

 ヒルダもヨルダもぴしゃりと容赦なく言う。従者にこき下ろされ、しかし魔女は怒るでもなくしょんぼりと項垂れた。

 魔女と人形。主人と従者。そういう在り様や立場ではない、気心知れた者同士の、親しげな距離感。浅田はこの雰囲気を微笑ましく思っている。

――見た目年長者が美少女に窘められるシチュ、美味しくない訳がない!

「だいたい、浅田様の方が知的で綺麗なお顔立ちですわ。スーツの着こなしも、大人っぽくて素敵ですし」

「聡明さの現れる目が印象的だと仰ってー、お顔を気に入っているのは、ご主人様の方ですのにねえ」

「それはそう」

 浅田を褒める二人の言葉に、魔女は大きく頷いて同意した。

「えっ、え……っ!? ア、アタシはそんな、全然……っ」

 完全に傍観者でいた浅田は、急に矛先を向けられて狼狽した。芸術品とも言うべき美少女からの賛辞など身に余る。というか、慣れていなくて普通に恥ずかしい。

「うへへ。その反応がめちゃくちゃ可愛いのよなあ」

 両手で顔を覆って俯いてしまった浅田の様子に、魔女はあまり品の良くない笑い方をした。美しい自動人形は美しいジト目を向ける。浅田は身を縮こまらせた。嬉しそうなのは判るが、本意なのか、からかっているのかが判らない。

――困る。こういうの、本当に困るよお。

「あの、あの、た、筍の皮、まとめて、ゴミ袋に入れればいい、よね?」

 話題を変えたくて早口に言い、剥き散らかした皮をわしわし掴む。

「そういうことは、私共にお任せ下さい」

「ご主人様もいらしたことですし、せっかくですから、おやつの時間にしましょう」

 二人は仕切り直しとばかりにテキパキと動いて、あっという間にお茶とケーキを用意した。どうぞと促され、浅田は魔女の向かいに座る。

「こちらは琵琶のタルトと、冷茶でございます」

「わあい」

 魔女と浅田は同時に歓声を上げた。見た目も瑞々しく美味しいスイーツに、渋みと甘みのバランスが良いお茶。思わず頬が緩む。

「ところで、今日のお夕飯は筍のお刺身以外に、何かご希望のメニューはございますか?」

「バター醤油!」

 魔女の即答に、二人の少女は小首を傾げた。次の瞬間には二人別方向にぱっと動く。

「はい、どうぞ」

 ヒルダが冷蔵庫からバターを、ヨルダはコンロ脇の棚から醤油を出し、どんと魔女の目の前に置いた。

「お好きなだけ召し上がって下さい」

「違ーう。違うでしょ、味付けの話でしょ! お肉と筍をバタ醤で炒めるってことでしょおぉ!」

 魔女はフォークを掲げて猛抗議する。

 他愛のないやり取りを聞いて、浅田はくすくすと笑い出した。本当に気安くて、楽しそうで、見ているこちらの心が軽く柔らかくなる。

――こういうの、団欒って言うんだろうな。

 この和やかな場に自分がいられることを、しみじみと嬉しく思う。


 ここは、とても居心地が良い。

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