第29話 休職と、ようやく家を逃げ出す

体の痛みが限界を超えたある日、全身が軋むような激痛に襲われた。

そして私は会社を休職した。


その激痛は24時間収まらない。それでも子供と最低限の家事はしなくてはならない。


けれどモラ夫は、平然とこう言った。


「体の弱い嫁は嫌だ」

「俺のほうが辛いのに、なんで辛いふりをするんだ?」


弱音は即アウト。“苦しい”は禁止ワード。

私はそれが当たり前だと思い込んでいた。


でもその日、ようやく腹をくくった。

――このままじゃ死ぬ。出なきゃ終わる。


義実家に避難すると、義父は仁王立ちでモラ夫を追い返した。

義母も表向きは冷静で、息子の異常性を理解しているように見えた。

それでも一緒に暮らすのは無理だ――そんな空気も漂っていた。


しばらくして実家に戻ると、母の態度は変わっていた。

昔はモラ夫の味方をしていたが、今は明らかにこちら側に立ってくれたのだ。


きっかけは「料理の髪の毛事件」。

料理自慢の母が腕を振るったある日、モラ夫の皿から髪の毛が一本。

それ以来、彼は母の料理を二度と口にしなかった。


母の好感度は地の底まで急落。

「あの男は人として小さい」と言い放ち、あっさり私の陣営に寝返った。

皮肉だけど、その寝返りが私を助けた。


しかし、体はすでに壊れていた。


通院先の医師は呆れたように言った。

「……ね?だからもっと早く休めって言ったでしょ」


それでも私はまた働き、また耐え、そしてまた倒れた。


2か月後。診察室に入ると、医師は目を見開き、本気で心配そうな顔をした。


「あなたの旦那さん、たぶん何らかの人格障害があると思う」


その言葉を聞いた瞬間、私はようやく思考を始めた。


──普通の人なら、妻が“ぽんこつ”(=発達障害)でも優しくしてくれるのだろうか。

──それでも虐げる人は、やっぱり“普通”じゃないのか?


……その問いに、今も答えは出せていない。


でも少なくともあの夜、「私が悪いのかもしれない」という呪いの縄は、ほんの少しだけ緩んだ。

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