第25話 涙のアフタヌーンティー
「グランツライヒが代々受け継いでいるのは火属性の魔法だ。……本にとって一番の敵は火だろう? 俺がどんなに友好的に声をかけようと、彼らにとっては畏怖の対象でしかないのさ」
困ったような笑みで彼は紅茶を一口運んだ。
そんなことないです、なんて言えるはずもなかった。
「自分でできないものは他人に頼るしかない。だから今まで試用期間のミッションは変わらず『
「……どうして私をリーゼリウムへ招待してくださったのですか?」
彼がアニカを招待したのは考え得る策を全て試した後のはずだ。
どんなに努力しても結果の出ない状況、常人ならすでに諦めていてもおかしくないシチュエーションなのに、どうして彼がこんなに魔導書の解読に執着しているのかはわからない。
単にリーゼリウムの管理人だからというだけでなく、もっと他に大きな理由があるのではないかと思った。
「直感、だろうか。君に出会った時に思ったんだ。『もしかしたら何か変えられるんじゃないか』って」
ライネルにしては随分と曖昧な表現だった。
ハッキリした物言いをする人なのに、今だけは違っていた。
「だから……そうだね。君を招待したのは、自分の直感を確認するため、だったのかもしれないな」
音もなくカトラリーを置いて、ライネルはアニカを見る。
オパール色の瞳……初めて出会った時に感じていた嫌悪や苛立ちはどこにもなく、静かな湖面のように綺麗だった。
「君は変わらなかった。あの夜もその後も、真っ直ぐで素直なままだった」
ライネルはアニカを眩しそうに見つめた。
彼に対して態度を変えずに接する人間がこの世にどれぐらいいるのだろうか。
人間は気にいられるために嘘をついたり、見栄を張ったりする。
きっとライネルの周りにもそんな人たちが多かったのだろう。
だからアニカの言動が彼にとって物珍しかったのも頷ける。
――私、そんな風に褒めてもらえるような、素敵な人じゃないわ……。
自分が劇的に変わったと勘違いしていただけで、きっと根っこは全然変わっていない。
働いて自立すると言い出したから引っ込みがつかなくなってしまっただけ。
無能で期待外れ。両親の期待に応えれなかった。
自信なんてどこにもない。
ライネルを騙しているような気持ちになってアニカは口を開いた。
「今まで、ずっと自分に嘘をついていたのが嫌で……だから、あの全部が台無しになった日に、変わるって決めたんですの。……だけど、周りの目を完全に気にしないのは難しくて、自分に自信はないままで。……私、ライネル様が思うような、立派な人間じゃ……」
言葉がうまくまとまらない。
きっと上手に伝わらなかった。
そんな不安に駆られ彼の顔を徐に確認すると、彼は人差し指を形のいい唇の前に持ってきた。
話している内容が支離滅裂だったし、もうしゃべるなと諭されているのかもしれない。
「アニー。君が君自身に対して前向きになれないのは、幼少期からの経験が影響しているんだろう。それでも君が過去の自分と決別しようと心に決めたこと、今も選択し行動続けていることは否定してはいけない。それは万人ができることではないのだから、誇って良いんだ」
人生で初めてだった。
初めてこんな風に自分の選択を褒めてもらった。
お礼を伝えたいのに声が震えて上手に出ない。
どうしてと思った直後、頬を温かい何かが伝った。
「え、あ……あれ……?」
自分が泣いていると把握できたのはスカートに涙が零れてからだった。
ありがとうもごめんなさいも言えずに口から漏れるのは嗚咽ばかり。
――早く、泣き止まなくちゃ。
乱暴に服の袖で涙を拭うアニカにライネルが皺ひとつない白いハンカチを手渡す。
普段のアニカだったら恐れ多くて断っていただろう。でも今はそんな余裕なんてどこにもなかった。
真っさらなハンカチを涙で濡らしていく。
泣き止めない申し訳なさや恥ずかしさでいっぱいなはずなのに自分を責めるつもりにならないのはさっき伝えてもらった言葉のおかげだろうか。
ライネルの視線が優しくて、また涙が溢れてきた。
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