第16話 完璧エスコート!
ライネルと共に花冠祭に参加することになったアニカだったが、周りの視線が気になったのはほんの一瞬だけで、すぐに周りの景色へと意識が逸れた。
街中を彩る花々と人々の歓喜の声。
リーデルガルド領ではこれほどまでに華やかな催し物はないため、目に映る全てが新鮮でとても楽しい。
リーゼリウム帝国国立図書館から会場となっているアマルナ森林自然公園までは徒歩で向かっていた。
貴族は基本、徒歩移動はせず馬車を使う。
不思議に思ってライネルに聞いたところ、「祭りの日は馬車は使用禁止なんだ」と答えが返ってきた。
「アニーは花冠祭に来るのは初めてだったかな?」
人混みの中、ライネルの声が鮮明に聞こえる。
声を辿って視線を上げると、ライネルの御尊顔がすぐそばにあった。
前に図書館でされたような状態になっていて、アニカは変な悲鳴が口から出そうになるのを必死にこらえた。
「はい。私は今までリーデルガルド領から出たことがありませんので……」
アニカは頬や耳に集まる熱を悟られないようにすぐに顔を背ける。
どうか顔が赤くなっていませんようにと願いながら平静を装った。
「そうか。では今日は最高の一日になるよう、エスコートさせてもらおう」
隣を歩いていたライネルがスッと歩幅を広げてアニカの前と躍り出る。
なぜと思ったのも束の間、ライネルは完璧な所作でアニカへ手を差し出した。
そう、ここはアマルナ森林自然公園への道すがら。
しかも道のど真ん中。
ライネルはグランツライヒという七大貴族の中で最も有名な家の人間であり、生まれた時から魔力の質も量も歴代最高値を叩き出しているチートな存在。
そして魔力もさることながら眉目秀麗、頭脳明晰、欠陥なんて何一つとしてない。……気を許した人間に対しては意地悪なところもあるが、そんなことはアニカとフリードしか知らない。
そんなミスター・完璧超人が特定の女性に対してエスコートを申し出るという行為そのものが大変目を引くのである。
――勘弁してくださいまし!!
アニカは周囲から発せられる突き刺さる殺気を肌で感じて縮み上がる。
助けを求めてライネルへ視線を動かすと、彼は『なぜ手を取らないんだ』と視線で訴えかけていた。
テンパって思考が正常に働かない。
本当に殺されるんじゃないかと思うほどの嫉妬が判断を躊躇わせる。
この手を取らない選択だってできるはずだとアニカはライネルを見たが――。
――また、拗ねていらっしゃる!!
ほんの少しだけ顔が拗ねている。きっとアニカ以外の人たちは気付いていないのだろう。
外出許可を取りに行った時のことを思い出してアニカは腹を括った。
「よ……よろしくお願い致しますわ……」
手を取った瞬間に湧き上がる歓声と悲鳴。
悲鳴の中からは「なにあの女!」「ライネル様と釣り合わないくせに!」というアニカに対する呪詛も聞こえてくる。
およそ楽しいお祭りの際に聞くことすら稀であろう言葉たちが飛び交う現状はカオスと言う他ない。
――働けなくなるよりマシ! 働けなくなるよりはマシ!!
自分は正しいことをしたのだと己に言い聞かした。
それにアニカは別にライネルが嫌いではない。むしろ上司として色々と融通を利かせてくれているので、嫌いになるほうが難しいというもの。嫌いな相手ならまだしも、好きな相手の親切を無碍に断ることもできなかった。
しかも今日のライネルからは意地悪をしようという雰囲気は全くないのでアニカは考えるのをやめたのだった。
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