2話【逃げ場のない家】

この頃の僕は、家が嫌いだった。


正確に言うと…

父親がいるこの家が大嫌いだった。


仕事にも行かず、朝から酒を飲み

タバコも、ひたすら吸い続けていた。

家の中は嫌な匂いが充満していた。


あの空気の中で暮らすのは

正直、苦痛でしかなかった。


母が看護師として働いてくれていたおかげで

僕たち兄妹は、どうにか生きていられたようなものだった。


僕は吹奏楽部に入っていて

中1の妹・リコも同じ部活に入っていた。

小3の妹・ミイだけが、僕たちより早く家に帰る。

父とふたりきりになる時間が出来てしまう。


ミイのことが、心配だった。


父親の機嫌が良くて酔いが覚めてるときは、まだいい。

でも、そうじゃないときは

ミイを一人家に残したまま

外に飲みに行ったり、パチンコに行ったりしていた。


だから僕らは、部活が終われば

なるべく早く家に帰るようにしていた。


そんな家庭のことを

僕は、葵宵にだけ話していた。


愚痴だったかもしれない。

弱音だったかもしれない。

だけど、学校では絶対に言えなかったこと。


葵宵は、どんなことを話しても

必ずこう言ってくれた。


『そばにいてあげたい。』

『画面越しでも話を聞くことはできるから。』 『俺がレイのこと支えるよ』


その言葉が、どれだけ救いだったか。

この言葉だけで 大丈夫、1人じゃないから。

と、前を向くことが出来たか。


8つ上の姉ちゃん・キコは

2月に結婚したばかりだった。


スピード婚だったけど、幸せそうに笑っていて

「最初の1年は、2人でいっぱい遊ぶつもりなの」 と言っていた。


その笑顔を見て僕は… 心のどこかで…


姉ちゃんだけが、幸せそうだ。


って、思ってしまうときがあった…。


そんなことを思う僕は、きっと最低な人間だ。

家族の幸せを、心から祝えないなんて。

姉ちゃんは、この家から『逃げたんだ』

と…思ってしまうなんて…


でも、本当は分かってた。


姉ちゃんは僕らのこと ずっと気にかけてくれてる。

結婚した後も、時々家に帰ってきて

僕らの様子を見てくれる。

僕が何も言わなくても察してくれて

人一倍 気配り上手で尊敬してる。


優しい、姉ちゃん。


なのに、今の僕は………

姉ちゃんの優しさや明るさを感じるたびに

息苦しくなっていた……


こんな自分、本当に嫌いになる。


『葵宵……僕、最低な奴だよ』


堪えきれず、スマホを手に取って

LIMEを送ってしまった。


『レイ、どうしたの?』


すぐ返信を送ってくれる…


分かってて、LIMEしてる僕は本当に嫌な奴


『電話……していい?』


『いいよ』


甘えてごめんね。


23時を過ぎていた。

明日も葵宵は仕事だって分かってる。

それなのに僕は、電話をかけてしまった。


「ごめん、こんな時間に……聞いてるだけでいいから。返事、しなくていいから……ごめんなさい」


僕の話す声が震えているのを察したのか


「いいよ、話して。お兄さんが、最後まで聞いてあげるから。」


と、優しく受け止めてくれた。

それだけで胸がいっぱいになってしまった。


進路のこと。

最後の夏のコンクールのこと。

家のこと。

姉ちゃんのこと。

自分のこと。


言葉にならないくらい

ぐちゃぐちゃになった感情を

泣きながら、全部、全部……葵宵に話していた。


それでも、葵宵は一度も僕を否定しなかった。


「うん、大丈夫」

「頑張ったね」

「俺がいるから」

「安心して」


どの言葉も、優しくて、温かくて。

僕なんかの話を聞いてありがとう。


……葵宵。

僕、今でも弱いかもしれない。



会いたいよ

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好きになって、ごめん 東雲レイ @SRei_n

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