夢うさぎと月燈のバク

まむえもん

[episode01]月兎の夢路


月の白銀の庭で、兎耳の少年・アオはバクのモモと共に、次の旅の支度をしていた。


彼らの使命、それは、地上に降り立ち、まもなく命を終える者の夢の中で、「いちばん幸せだった記憶」を共に探し、その魂を安らかに導くこと。



今宵の旅先は、二十五歳の青年、「ユウ」の夢。事故により、目を覚ますことはもうない。



夢の中に降り立つと、


その青年は静かな教室にひとり、窓の外を眺めていた。机の上には、古びた漫画の落書き帳。



「はじめまして、ユウさん」


アオは微笑みながら声をかけた。耳がぴょこりと動く。


「僕はアオ。こっちはお供のモモ。僕らは…君の“いちばん幸せだった記憶”を探しにきたんだ」



ユウは戸惑いながらも、どこか懐かしそうにアオを見つめた。



「──…死神?…夢?……ああ、俺はやっぱり、死ぬのか…」



アオは少し考えたあと、うなずいて手を差し出す。


「怖くないよ。大丈夫。さあ、君の一番を見つけよう」



夢の中で時をさかのぼる。


ユウの記憶の中に、ひときわ鮮やかに色づく一場面が目に留まった。



***



高校二年の冬、雪で真っ白になった校庭。


そこには、ひとりの少年がいた──カイという名の、無愛想で不器用な同級生。



「ユウ、お前さ…バカみたいに笑うよな」


「え、なにそれ、褒めてる?」


「……まあ、そう」


「能天気だって言いたいんだろ?知ってるよ」


「違う。… お前のそういうところが…」



その冬の日、誰もいない校庭の片隅で二人は凍える指先をそっと重ねていた。


繋ぎ合うでもなくただ、かすかに触れるだけの指先。


言葉にすれば壊れてしまうかもしれない。


だから、その距離を縮めてそこに一緒にいることを選んだ。



誰にも言えなかった、でも確かにそこにあった「想い」。



***



アオはその光景を見届けながら、小さく息をのんだ。


「これが…君の“いちばん”なんだね」



ユウは頷いた。


「あの時が、人生でいちばん幸せだった。たばそばにいられるだけで幸せだったんだ…でも、カイには言えなかった。ずっと、伝えられないままだ。」



アオは静かにユウの手を握る。


「君のその気持ちは、ちゃんと残るよ。それに…君がこの記憶を一番だと選んだことで──きっと、彼にも届くから」



夢の終わりが近づく。


ユウの肉体もまた、病床で終わりを告げる。



空が白く滲み、夢の中のユウの姿が透けていく。


アオはそっと手を伸ばした。



「君の魂は、今、満ちている。カイくんとの記憶が、それを証明してる。」



ユウは一筋の涙を流しながら、最後に微笑んだ。


「ありがとう。アオ、君に会えてよかった」



そして光の中へと、穏やかに昇っていった。



月へ戻る道すがら、モモがぽつりとつぶやいた。


「アオ、お前にも“いちばん”はあるか?」



アオはしばらく黙っていたが、やがて耳を垂らして小さく笑んだ。


「さあ…どうだろう。いつか、誰かの夢の中に僕との思い出が見つかることも あるかもしれないね。…君とか?」


「…そうだな」



月の夜は静かに更けていく。


今宵もまた、誰かの「幸せ」が、優しく世界を照らすのだった。

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