06´:過去を追う(Feed back)
ツナギと一緒に、二階の備品庫にたどり着いた。
さっきゲロまみれになった服を着替える。
備品庫の一角に設置された大柄なNIL自販機には、オシャレな衣服のカタログもあった。
水着やコスプレ衣装みたいなのに、アロハシャツやゴスロリ服まである。
――誰が買うんだ?
選んだのは、黒地に細い赤のラインが入ったトラックジャケットと、
伸縮性のあるスポーツレギンス。
それに――新品のスニーカー。
もらったNILで、ひとそろい買ってしまった。
特にスニーカーは、薄いグレーにラベンダーのラインが入っていて、好みにどんぴしゃだった。
ちょっと無駄遣いだったか?なんて、思わないこともない。
靴紐を締めながら、ふと過去がよみがえる。
放課後のトラック。
必死にフォームを直して、コーチとぶつかって、それでも走るのが好きで――
当たり前の明日が来ることを信じていた頃の“私”の記憶。
「……よし」
ひとりごとのように息を吐いて、スロープを降りる。
その先に、男がいる。
少し色あせた、オリーブ色のつなぎ。
無骨で飾り気はないけど――彼には、よく似合ってる。
こだわりなのか、新しい衣装に着替える気はないみたいだ。
(25歳くらいだろうか?)
髪は後ろで束ねられ、無精ひげもきれいに剃られている。
まっすぐな眉や横顔の輪郭が、強く印象に残る。
黙って立っているだけなのに、存在感がある。
「なんだよ、けっこう男前じゃん。」
そう言いながらツナギのお尻をバシバシ叩いた。
「のわ!」
すると次の瞬間腰から生えた機械の腕につかまれる。
さっきの自販機で購入したツナギの新しい武器。
早速もう器用に使いこなしているようだ。
「もうふざける余裕があるくらいには、元気になったようだな。」
なんだか嬉しそうに言われると、それはそれでムカついた。
一階にたどり着いたとき、思わず足を止めた。
エントランスは驚くほど広くて、吹き抜けを模した天井のディスプレイから、青空の映像がのぞきこむ。
中央にたたずむ天使の彫像は噴水になっている。
まるで、どこかの城の庭園のようだ……
そんなふうに思っていたら、ツナギがふいに立ち止まった。
視線の先には、地下へと続く階段がある。
「……行こう」
そう言って歩き出す。
迷いも、ためらいもなく。
その背中を見つめながら、ふと、思ってしまった。
――あれ?
ツナギなら、もっと違う方法を考えるんじゃないか?
たとえば、あの分厚い壁を壊して外に出るとか、
エレベーターの制御を無理やり解除するとか。
俺でもそれくらいは思いつく……
でも、なぜか――あいつは、それをしなかった。
なんか理由があるのか……?
そんな可能性を考えた時――
「いてッ……」
一瞬、頭の中を“金属を擦るような音”が走った。
こめかみを刺すような痛み。
冷たく、白いノイズが視界をかすめて――思考は、ぷつりと途切れた。
「大丈夫か?」
ツナギが心配そうな顔をして、こちらを見ている。
最初は、全然感情が見えない人なのかと思っていたけど……
よく観察すると、ツナギはけっこう表情豊かだ。
そんな“自分だけが知っている”彼の一面が、
なぜか、くすぐったくて、腹が立つ。
バカにすんな。あんたに守られてばっかりじゃない。
「うっせ!なんともねーよ。」
ツナギは無言でうなずき、私は一歩遅れて、その背中を追う。
何が待っているのかはわからない。
でも、不思議と――怖くはなかった。
***
頭上の光輪は、そんな二人のやりとりを傍目に、冷たく明滅していた。
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