06:未来を進む(Feed forward)
男達の軍靴が、整然と響く。
コンクリートの滑走路を、同じ歩幅で進む。
仲間との別れはすでに済ませた。もはや言葉はない。
「
点呼の声が響く。
各員が持ち場へ向かう。
特別攻撃機『
代わりに抱くのは、帰ることのない火薬の重み。
敵空母に直撃すれば、一撃で屠るだけの十分な火力がある。
「岡部少尉、こちらです」
訝しみながらも、千春は自機を通り過ぎ、別の部屋へと通される。
「まあ、掛けたまえ」
長身の白衣の女がいた。
軍服ではない。
だが胸元の徽章が、彼女の立場を雄弁に語っている。
つまり命令だ。
俺は黙って立ったまま、彼女を見据える。
「君には――特命を与える。」
その時から、俺の意識は断ち切られた。
***
無機質な床を、たった一人の軍靴が打つ。
数歩後ろを、小柄な少女が付いてくる。
名は──
怖さを振り払うように、勇敢な少年のように振る舞っている。
だが今は、泣きはらした目をこすりながらついて来ている。
本当は優しい子なのだろう。
二階の備品庫にて、最低限の物資を補給する。
汚物にまみれた靴は履き替え、下着も一新した。
不精髭を剃り、だらしなく伸びた髪は後ろで括る。
──だがこの飛行服パイロットスーツ
彼女が"ツナギ"と呼ぶ装束だけは、そのまま身にまとっている。
備品庫に置かれた、資材用のニル専用自販機。
巨大な銀色の筐体が鈍く光っている。
物色すると使えそうなものを見つけた。
《試作多碗兵装/【1000NIL】 多腕義肢の動作確認のための試作品であり、ベルトを使って身体に固定することで運用します。》
《腰から第三の機械腕生やしたような構造で、LOGIEL DEVICEとの連携により自らの腕のように高精度な操作が可能です。》
「片腕が増えるだけで、出来ることが変わるな……」
三階で挑んだ、アシュラを思う。
「そして何より、身体を弄らなくてもいいってのが良い。」
俺は機能に納得すると、千ニルを支払って機械を購入する。
キャタピラのような搬送部を移動して、頑丈そうな金属の箱が排出される。
中から機械を取り出すと各部の帯を固定して服の上から身体に装着した。
だらりと垂れていた機械式の腕が小さく起動音を立てると腰から立ち上がる。
「うわ……!」
近くにいた遠夏がその様子に驚く。
機械の腕も自分の一部なのだと意識する。
《起動準備中:96.4%──接続。》
遠夏に向かって空中で小さく手を振るようにひょいと動かす。
「こいつも“もう三本目の俺の腕”ってわけだ」
そう軽口を言うと、遠夏は少しだけ笑った。
新しい腕には、透明な楯を持たせた。
材質は名も知れぬが、ガラスよりも遥かに頑丈で軽い。
おそらく、未来技術の産物だろう。背後からの奇襲にも耐えてくれるはずだ。
装備を整え、長い傾斜を下ると、やがて一階にたどり着いた。
まず目に入ったのは、中央の噴水だった。
天使の彫像が、静かに水を吹き出している。
まるで、西洋美術に倣っているようだ。
来客をもてなす設えだろう。モダンな椅子や机も揃っている。
その先に、受付らしき構造物。
どうやらここは、外部との接続を意図したロビィらしい。
……だが奇妙なことに、外に通じる出入口は見当たらない。
白く、無機質な金属壁が外周を完全に覆っている。
まるで、“最初から外など存在しなかった”とでも言いたげに。
空間は清潔に保たれている。
他の階と同様、保守用の清掃機械が動いているのだろう。
人の気配は一切無いというのに。
中央の昇降機に気づき、操作を試みる。
《GRADEⅢのお二人には使用権限がありません。》
ロギエルの、冷たい声が頭内に響くばかりだった。
横を見ると、遠夏も黙っている。
この子なら、「扉を壊してでも進もう」と言い出すかと思ったが、拍子抜けするほど素直だ。
そんなことを思っていると、ちくりと後頭部が痛んだ。
スパン!と己の後頭部をはたく。
遠夏が驚いた顔をするが「蚊だ」と答えて安心させる。
手のひらを眺めるが、虫の死骸は見つけられなかった。
場所も知れない土地だ、伝染病などあるかもしらない。
用心せねば。
昇降機の脇には、地下へと続く階段が口を開けていた。
まるで、己を手招くかのように。
地上階の探索は、これまで幾度か重ねてきた。
機械共の目を避ける術も、糧食の保管庫も把握済みだ。
このまま地上に留まることも、俺ひとりであれば、難しいことではないだろう。
──だが
(俺は……生きながらえるために、生き延びたのではない)
拳に力がこもる。
──あの夜、俺だけが別室へと通され、そのままこの異様な施設に“収容”された。
戦友たちは、戦場に散った。
俺だけが──
(俺だけが、生き残ってしまった……)
施設の記録を読んで理解した。
あの戦争で、祖国は敗れた。
敵の新兵器により、灼熱の光が都市を焼き払ったという。
その時、彼らが味わった苦しみや絶望は──いったいどれほどのものだっただろう……
(俺は守れなかったのだ。大切なものを。)
今度は……
──命の使い処を、誤るものか。
沸き立つ激情を押し殺す。
感情など、不要だ。
遠夏を、無事に帰す。
彼女の家族のもとへ。必ず。
「……準備は整ったな。先へ進もう」
静かに言って、階段を踏み出す。
すぐに、彼女の気配がついてくる。
俺はただ、この子を守る装置でいい。
──この先に、何が待ち受けていようとも。
俺は、胸の内で誓った。
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