03:縫合処置(Patch)

 アーカイブから得た座標に従い、整然と磨かれた廊下を進んでいた。


 あの木偶人形スイーパーとの戦い――楽しかった。

 体の芯に、まだ熱が残っている。


「なぁロギエル。……もっと強くなる方法はねえのか?」


《提案:身体改造処置の実行》


「改造……?」


《目標地:4Fマシニングセンター[M-44]に到達。》

 扉が滑らかに開く。


 無機質な白に囲まれた室内、部屋の中央にオブジェのような銀色に輝く筐体が鎮座する。

 中央にぽっかりと空いた穴は、こちらを誘っているようだった。

 機械油に交じって消毒液のような臭いが鼻をつく。


《改造装置 “LIMBリム-FORGEフォージ Type-06”。

 機械挿入部の四肢を同型の義肢へ換装し、戦術ユニットへの接続端子を追加します。》


「……つまり、ここにオレの腕を突っ込めば、機械の義手に交換されるってことか?」


《そうです。処置時間はわずか6分。完全麻酔・無痛・自動縫合で行われ、安全性も極めて高いです。》


 じっと装置を見つめる。


《身体を機械化すれば、アーツとの同調はさらに深まります。

 電気信号は機械の身体を高速で駆け巡り、疲れも痛みも知らず、正確無比に駆動する。》


 俺は、自分の手を見下ろした。

 擦り傷の跡。泥の染み。

 よく日に焼けている。


《……今よりも、もっと速く、もっと遠くへ走れるようになりますよ。トーカ。》


 その言葉が、胸の奥を刺した。

(でも、それは――“わたしの脚”じゃない!)


「……やめておくよ。」

 声は小さく、明確だった。


《了解しました。装備は強制ではありません。

“適応の速度”は、あなた自身の選択に委ねられます。》


 ロギエルの提案で、マシニングセンターの向かいの備品庫へ向かう。

 そこは思ったよりも整っていた。


 簡素だが清潔な長机と椅子が並べられている。

 壁際には資材棚と大型の自販機。


 NIL DISPENSER――そう刻印されていた。


 近づくと、薄い青白い光が走り、ディスプレイが空間に浮かび上がる。


 ■MILD SPICE BEEF CURRY:30NIL


「……ニル?」


《NILは施設内通貨です。備品や食料と交換可能です。

 現在の残高は【500NIL】。初期支給分として付与されています。》


 迷わずボタンを押した。

 低く唸る音。数十秒後、シャッターが開き、白いパッケージが出てくる。


 封を切ると、湯気が立ちのぼった。

 ライスと香ばしいルウの匂いが鼻をくすぐる。


「……いい匂い……」


 胸の奥が少し緩んだ気がした。

 両手で抱え、長机へ向かう。


 椅子に腰を下ろし、スプーンを手に取る。


「……いただきます。」


 ひと口。

 熱い。けれど、うまい。


 硬めのごはん。とろける肉。ホクホクの野菜。

 スパイスの辛さが、喉の奥で小さく弾ける。


「おいしい……」


 ぽつりとこぼれた声が、自分の耳に優しく響いた。


 スプーンを進めるたび、体の芯が温まっていく。

 冷え切っていたものが、静かに溶けていくように。


 ――あたたかいって、こんなに嬉しいことだったんだ。


 どこかで忘れていた、当たり前の感覚がよみがえる。


 気がつけば、トレイは空になっていた。

 食べ終えた器を食器を静かに片づけた。


「……ごちそうさまでした。」


 棚から寝袋を取り出し、床に広げる。

 内側はふかふかで、硬い床の感触を和らげてくれる。


 蛍光灯の明かりをフードで遮る。

 あたたかいカレーの余韻と一日の疲労感で、意識がゆっくり沈んでいく。

 どこかではまた、スイーパーたちが静かに施設の清掃を続けているのだろう。


(でも……)


 ――今だけは、この空間は「”わたし”だけのもの」だ。


「……おやすみ。」


 そっとつぶやいて、目を閉じた。

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