02:自意識過剰(Overflow)

 ロギエルの案内に従って、一つ下のフロアへ走る。

 追跡は――意外なほど、あっさり途絶えた。


 通路は一切の汚れがなく、金属製タイルが灰色に輝いている。

 まるで、この施設には「時間の経過」が存在しないかのようだった。


《周囲の環境は良好。照明、空調、衛生状態に異常はありません。

 本施設の保全は、専用ユニットによって常時維持されています。》


「……さっきのロボット?」


《はい。S.W.E.E.P.E.R.は、異物の除去と環境維持を目的とした常設機体です。

 現在のあなたのアカウントが制限されているため、例外的に“排除対象”と認識されている可能性があります。》


「排除対象……って、それ……」


(わたしは“ゴミ”扱いですか……?)

 何か言い返したかったけど、喉がつまった。


《目的地:4Fアーカイブセンター[A-42]に到達。情報取得を推奨します。》

 自動扉が滑るように開いた。


 整然とした空間に、無機質な静けさが支配していた。

 円形に並んだ棚にはラベル付きのメディアが整然と収まっている。

 中央には、半透明の円柱ケース。

 中に電子基板がウエハースのように重なっていた。


 近づくと、それは緑に点滅する。


《更新進行中……80%、90%、完了。施設情報を更新しました。》

《保全ユニットの巡回スケジュールを取得しました。これにより安全な経路選択が可能です。》


「良かった……もう追いかけられなくて済むんだね。」

 胸を撫で下ろす。


《アーカイブされている〈アーツ〉スキルが取得が可能です。》


 網膜に画面が投影され、キックボクシング、柔道、杖術、射撃術の項目が紹介映像のように流れる。


「アーツ…格闘技って意味?」


《はい。対象に対して物理的行動を可能とする思考パターンを挿入します。》


(よく分かんないけど、わたしでも戦えるようになるってことか。)

「身を守るために、何か取っておいた方がいいよね。」


 柔道の授業は嫌いだったし、キックで足を痛めるのはイヤだ。

 銃なんて持ってないし……


「これにする。」


 ■アーツ:杖術・初級【対象:棒状武器/拡張性:中/学習抵抗:軽】


「学習抵抗って……痛いの?」


《個人差があります。》


「答えになってないし……もう、いいよ。やって!」


 光輪が明滅し、意識が揺らぐ。

 頭の中にイメージが流れ込んでくる。

 棒を構える感覚。何百回と繰り返された素振り。

 型。間合い。相手の重心。重さの乗せ方。

 これは“誰かの記憶”?


 ――違う、これは“オレ”の記憶だ。


《取得完了:アーツ《杖術(初級)》をインストール。対象武器の取り扱いが可能になりました。》


 汗が額に滲むが、意識は冴えていた。

 胸の奥に、奇妙な昂ぶりが残る。


《最寄りの備品庫をマークしました。移動を推奨します。》


 備品庫で水や乾パン、バックパック、そして伸縮式の警棒を拾う。


《適合確認:武装特殊警棒+アーツ《杖術(初級)》使用条件を満たしました。》


 シャコッと伸ばした棒の重みを手のひらに感じる。

 心の奥で、何かが燃え上がった。

(ブッ壊してやる……全部。)


「ロギエル。スイーパーって、次どこに現れる?」


《回避ルートを選択すれば、戦闘は避けられます。》


「いや……そうじゃないな。叩いておきたい。」


《……了解しました。》


《警戒:S.W.E.E.P.E.R.ユニット接近中。距離40メートル。経路一致。》


 キュルキュル……迫る駆動音が背筋を撫でる。


 だが今回は、逃げない。


 ――バシン! バシン!

 モップとワイパーが折り畳まれ、代わりにギロチンのような刃が飛び出し、突進してきた。


「っ!」


 身を沈め、床を蹴る。

 アームが壁をえぐり、破片が飛び散った。

 すり抜けざま、肘関節部へ狙いすました一撃。


 ガギィン――!

 スイーパーの腕が逆関節に折れ、だらりと垂れ下がる。


《解析:脚部サーボ破壊で機動不能。連続打撃推奨。タイミングカウント開始――》


「今っ……!」


 踏み込んで、駆動部へ渾身の一撃。


「――オレは、ゴミじゃねぇッ!!」


 怯んだ機体へ警棒を叩き込む。

 火花を散らし、スイーパーが崩れ落ちた。


 荒い呼吸。汗ばむ背。けれど脚は止まらない。

 笑みが溢れる。敵を倒した、その高揚。


「っしゃア!!……勝ったぜ!」


 だが床が震え、背後の扉が開いた。


《補修ユニット:R.E.P.A.I.R.リペアー接近。構造回復の兆候あり。》


「……!」


 バックパックを背負い直し、踵を返す。

 ケーキ箱のような車輪付き機械が、スイーパーの残骸に群がっていく。


「は?直されんの?……じゃあ意味ねえじゃん。」


《いいえ。“時間を稼ぐ”という点で排除は有効です。》


「……うーん。」


 納得しきれないまま。

 けれど、確かに勝利の喜びは”オレ”の胸に残っていた。

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