第5話 いい気味

 慌ただしく片付けられたガラステーブルにコーヒーとケーキが置かれた。


「おもたせで恐縮ですが」


「いえ、いただきます」


 テーブルを挟み、ふたりは一旦、カップに口を付けた。


「あの、橋本さんは……どうかなさったのですか?」


 “奥さん”から訊ねられて……僕はコーヒーカップに指を通したまま思わずため息をついた。


 手の震えでコーヒーが波立つ。



「橋本は……事故に遭いました。命はとりとめましたが、今までの様に仕事はできません。 僕は彼の友人ですが……彼に解雇を通告しました。“宮仕え”の身として……」


「事故って!!?? 一体なぜ!!??」


 彼女の顔が青ざめている。個人事業主なのだから内情は火の車なのかもしれない。彼の仕送りを当てにするのもやむを得ないか……


「仲間の捜索に雪山に入って二次災害に遭いました」


「でも生きてらっしゃるのですよね!」


「ええ……生きてはいます。でも……」


「お困りになってる?」


 僕は苦渋の顔でのあるゆうちょ銀行の封筒をカバンから取り出し、テーブルの上に置いた。


「彼からです」


「保険金が出たのですか?」


 僕は強くかぶりを振った。


 彼女は手を伸ばして封筒を取った。


「中身を改めさせていただきますね」



 僕は心の中で大きくため息をついた。僅かな甘い期待は潰えた。


 そうなのだ。人の心は、簡単なものじゃない!


 分かっていたはずじゃないか!!



「いい気味だわ!」


 僕は視線を落としてコーヒーカップを見た。


 中身は、まださざ波だっている。


「……そう言えれば、楽なのかもしれないけど……」


 言葉の調子が……違うので

 僕は目を上げた。


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