第3話 死に損ない

 社長を含めた上層部との面談を終え、僕は重い足取りで病院へ向かった。


 運悪く、修ちゃんのお見舞いの帰り際だった妻と病院の入口で出会ってしまい、僕は来院の訳を言わざるを得なくなった。

 その訳を聞くと妻は僕のコートに顔を埋めてしばし泣いたが

「それでもこれは、あなたのせいでは無いから」と僕を送り出してくれた。



 一緒に入社したけれど……今は彼の上司になってしまった僕はベッドの上の彼に辛い宣告をした。


「君の今の状態では来期以降の雇用は難しい」と


 仕送りの為に全てを削っていた彼は山岳保険にすら入っていなかった。


 どうして僕は!!

 彼に山岳保険へ入る事を強く勧めておかなかったのだろう!!


「身内も無く、僕が死んでも保険金を受け取る人は居ないし、“経費”が債務として残ったとしても迷惑をこうむる親族も居ないから」との彼の言葉に押されてしまっていた。


 こうなる事が予想できない訳では無かったのに……


 どうにも仕方無く僕は彼に言う。


「退職金は……それなりに出ると思う。今はとにかく体の事を第一に……」



 彼はそれには答えず、うつむき加減でポツリと呟いた。


「なかなかに……死ねないもんだな……」


「えっ?!」


 僕の“疑問符”に彼は顔を上げる。


「死に損ないの僕から君に頼みがある。悪いが引出しから僕のポーチと何か書くものを出してくれないか?」


 彼は不慣れな左手で“ある人”の名前と住所を認めた。


「ポーチの中にはキャッシュカードがある。暗証番号は1214」


「それって!!」


「そう、の命日だ。その口座のお金を残らず彼女に送って欲しい」


「一体どういう事だ!!」


 そう問い質すと彼は薄く微笑んだ。


「なに、大した金額じゃないんだ。それでも……僕がこれから先、その口座の金に手を付ける事の無い様に、すべて彼女に送ってしまいたいんだ。」


「何をバカな事を!!」

 と言いかけた僕に修ちゃんは首を振った。


「どんな事があっても君に迷惑は掛けないよ。だから今回だけは、何も言わずに僕の願いを聞き届けて欲しい。君は僕のたった一人の親友だと信じているから」



 何か言おうとしたが、言葉にならなかった。


 僕は黙って頷くとメモとポーチを受け取り、病室を出て廊下をずんずん歩いて行った。


 彼の気持ちと、何もできない不甲斐ない自分に……涙が止まらなかった。



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