女王陛下のお気に召すまま
青維月也
Ⅰ La reine de poupée ⋆☽ 人形の女王
【 今宵、あなたのハートを頂戴しに参ります
怪盗 月下の騎士 】
「フン、ふざけた真似をしてくれる」
巷を騒がす怪盗からの予告状を冷ややかに見下ろし、幼い女王は小さなカードをぐしゃりと握りつぶした。
朝、ベッドサイドに置かれていたカードと一輪の赤いバラ。それは昨晩、このフランタリア王国の女王の寝室に、賊の侵入を許したということだ。
リュシフェル・ド・フランタリア——明けの明星という意味の名を持つ美しい少女は、わずか十歳でフランタリア王国の冠を戴く。
一見、人形かと思うほどに精緻な美貌の少女だった。
夜を纏ったかのような長い黒髪に、金と見紛う琥珀の瞳は、名前のごとく闇夜を切り裂く一条の輝きを宿す。
陶器のように滑らかな肌に、意志の強さを窺わせる眉、完璧な形の小さな鼻に、唇は花弁のようだ。
少女らしい華奢な体は、女王の重圧を背負うにはあまりに小さい。
リュシフェル——リューは、リュシエンヌ宮殿の窓から、ルティアの都に視線を転じた。
列強諸国がひしめくユーロシアの中でも、取り分けて華やかな都市である。いくつもの大通りが放射状に広がり、一区から二十の区がカタツムリの殻ように並ぶ麗しの街は、花の都とも呼ばれた。
レストランやカフェ、被服、宝石、陶器……ありとあらゆる店が立ち並ぶ。
しかし、月の
煌々と明かりがついているのは貴族の屋敷だけだった。重税で喘ぐ市民をよそに、貴族たちは贅沢の限りを尽くす。
貧富の差は大きく、多くの国民にとり、今のフランタリアはまさに夜の時代だった。
ピー、ピー!
ピーーーッ!!
空には下弦の月。
花の都に今宵もまた、警笛が鳴り響く。
話題の盗賊が現れたのだ。
「出たな、『月下の騎士』よ」
リューはニヤリと、口角を引き上げた。
「さて、今晩餌食になったのは、どの貴族の屋敷か」
『月下の騎士』は、予告状を出しては貴族の屋敷ばかりを狙い、盗んだ金は孤児院や施療院、貧窮院にバラまいた。
ルティアの住民には義賊ともてはやされ、昨今ではすっかりヒーロー扱いである。
町娘などからは「月下の騎士様」などと呼ばれ、大人気であった。
黒い装束に身を包み、覆面で顔を隠し、正体は不明。
ひとつに束ねた長い髪は、ルビーのように赤いという。
貴族ばかりを狙う義賊は、宮廷でも問題視され、度々議題に上がっていた。
後ろ暗いところにある貴族たちは、次は自分の屋敷ではないかと戦々恐々としている。
御前会議も大荒れで、騎士団総長と王都騎士隊長を呼びつけ、捜査の進捗を問いただすほどだった。
「まだ、あのこそ泥を捕まえられんのか!?」
「女王陛下のお膝元で、あのような賊をのさばらせおって!」
各行政機関を所管する国務卿たちに叱責され、騎士団総長オーギュスタン・ド・ヴァロワ、王都騎士隊長ガブリエル・アルノーは項垂れる。
どれだけなじられようと、『月下の騎士』を野放しにしている以上、甘んじて受け入れるしかない。
「して、捜査状況はどうなっておる?」
少女特有の高い声がすれば、国務卿たちは口を閉ざす。女王からのご下問に、室内は水を打ったように静まった。
騎士団総長と騎士隊長が顔を上げれば、人形のような女王が会議室の正面に鎮座していた。
たっぷりとフリルがついた紺色のドレスに身を包み、肘掛けに頬杖を付く尊大な姿すら愛らしい。
「総長、犯人の目星はついたか?」
「はっ! それにつきましては……」
女王に名指しされた総長は、横で畏まる騎士隊長を肘で付く。
ご説明申し上げろ、というのだ。
貴族の身分ゆえにその椅子に座る名ばかりの総長は、ろくに捜査状況も知らぬらしい。現場に出ていないのは、そのだらしない体で丸分かりだった。
「賊はルティアの地理に詳しく、まさに神出鬼没。それにどうも協力者がいるようで、いまだしっぽを掴めておりません」
お飾りの総長を補う実力派の騎士隊長は、四十代。短く整えられたヒゲが男らしい野性味を醸す。
苦み走ったいい男であるが、自分たちの体たらくに、その声には悔しさが滲んていた。
「ふむ……」
女王の琥珀色の眼差しが、騎士隊長をじっと見つめる。
精悍な目の下にできたクマは、睡眠時間を削って職務に励む姿を物語っていた。
「王都騎士隊の頑張りは、リュシエンヌ宮殿にも聞こえてきておる。これからも活躍を期待しておるぞ」
「もったいないお言葉! 王都騎士隊一同、陛下のお言葉を励みに、必ずや賊を捕らえることをお約束いたします!」
女王からの激励に、総長と騎士隊長が敬礼で応える。
彼らが退出すると、そこからは定例の報告が続き、いよいよ補正予算案が議題に上がると言う時、内務卿が女王に声をかけた。
「今日も長引いてしまいましたな。陛下、お疲れでございましょう。別室におやつをご用意しておりますので、どうぞお休みを。あとは我らがつつがなく取り計らっておきますゆえ」
「む。妾は別に疲れてはいないし、腹なぞ空いておらぬ」
「陛下の健やかな成長は我ら家臣の願いますれば、ささっ、我らのことはご心配召されず」
タイミングを見計らったかのように内務卿夫人が現れ、リューの手を引く。
「さあさ、陛下、今日はルティアでも指折りのパティシエに作らせたスイーツをご用意しております。たくさん召し上がってくださいませ」
「げ」
思わずリューから本音が漏れる。けれどリューの返事を端から聞く気のない夫人は、有無を言わせず女王を連れ出した。
「あなた様は栄光あるフランタリアの女王。綺麗なドレスを着て、美味しいお菓子を食べて、甘い夢を見ていればいいのですよ」
夫人に連れられていく小さな女王の後ろ姿を、国務卿たちは低頭して見送る。
「人形の女王は政治に口を挟まず、大人しく玉座に座っておれば良いのだ」
内務卿は一人唇を歪ませ、小さく呟く。しかしその声が聞こえたからといって、異を唱える者はいなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます