20、偽王立つ

「近頃首都ではクーデターが起きたと聞く。何かきな臭いと思っていたが、ドルイドだったらなおさらだ。首都から逃げてきたんだろう?」


 突然核心を突かれて、私は押し黙った。いきなりこの話題に入られるとは予想していなかったので、思わず言葉を失う。


 店主は「そう警戒するな」と目元を緩めて首を振った。


「安心してくれ。今回のことであんたには借りができた。新王軍に売り渡したりはしないさ。何かあったら俺らを頼ってくれ」


「新王軍?」


 先に口止めをすべきなのに、聞き捨てならない言葉が出てきてうっかり反応してしまう。


「一年前までの王位継承争いを制して第十八代ダナン国王になった第二皇子が崩御したという噂が出回っている。今は第五皇子が第十九代ダナン国王を称している」


「第十九代ダナン国王……。そんな、そんなの嘘よ」


「首都では大規模な政権転覆があったそうだ。一体何が本当で、誰が真の国王なのか、こんな田舎までは真相は伝わってこない。

 だが行商人いわく、首都を追われた旧国王派の人間も大量にいると聞く。あんたたちもそうなのかと思ったわけさ」


「私たちは……」


 国王の代替わりがあったことはすでに聞いていた。


 政権が変わったという情報が流れてきたりゲオルグが死んだという噂を流布したりすることはある程度予想できたことだが、実際に聞くとやはりショックではある。


 偽王であるブレスが着々と地位を築いていくのを、今は見ていることしかできない。


 一方、ここで正体を告げてもいいのか。私はしばし逡巡した。


 今は歓迎してくれていても、いざ何か起きたときにでもゲオルグを売り渡されたりしたらたまったものではない。

 事はそう簡単には判断できないのだ。


「昨日まではよそ者扱いしていたくせに、舌の根の乾かぬ内に味方面するなんて調子が良いことだとは思っている。正直、面倒事には関わりたくないと思っていたんだ。

 だがあんたたちはショーンを助けてくれた。できれば助けになりたい」


 店主の言葉は真っすぐに私の胸に響いた。その表情を見れば、嘘を言っているようにも見えない。


 雑貨屋の店主の横ではショーンも大きく頷いている。


「俺、フリッカお姉ちゃんの役に立ちたい!」


「ショーン」


「何かあれば言ってくれ。大したことはできないかもしれないが、あんたたちの生活に役立つことはできるよう全力を尽くすつもりだ」


「……2人とも、ありがとう」


 私も頷く。ここまで言われたら私の気持ちも動くというものだ。2人の言葉を信じてみてもいいかもしれない。


 全てを打ち明けるわけではないが、さっそく気になっていたことを質問させてもらった。


「私たちは旧国王派の人たちと連絡が取りたいと思っているのだけれど、そういう人たちがフィルランドに立ち寄った話を聞いたことはない?」


「小さな町だ。そういう人間がいれば目立つだろうが、来るのはいつもの行商人ばかりだ。もしも誰か立ち寄ったらすぐに教えよう」


「新王軍というのはどのくらいの規模の軍隊なのかしら?大陸の国とも同盟を結んでいると聞いたわ」


「そこまでの情報はさすがに俺たちでは分からない。ただ、行商人から聞いた話では南部の軍港都市と旧国王の故郷はすでに新王軍が制圧しているとのことだ。

 まだここまでは到達してはいないが、いずれその支配が島全体に及ぶのは時間の問題だろう」


「南部の軍港都市まで……そうだったの」


 私は動揺を隠すのに精一杯だった。


 王宮から逃げる際、もしも南部の軍港やゲオルグの故郷へ逃げることを選択していたら、今頃ブレス軍に掴まって処刑されていたかもしれない。


 やはり木々の声に従ってフィルランドに逃げて来たのは正解だった。


 とにかく、新王軍の勢いはとどまることをしらないようだ。

 国民には「崩御」と伝えてはいるが、実際にはどこかに逃げたはずのゲオルグの居場所をしらみつぶしに探している可能性があった。


 他にも店主にいくつか質問を投げては見たものの、目新しい情報はない。私は丁寧に礼を言って店を出ることにした。


「フリッカさん」


 店主が改めて私の名を呼ぶ。


「フィルランドの人間は恩義を忘れない。何か困ったことがあれば、私たちは必ず助けになろう」


「お姉ちゃん、また雑貨を買いに来てよね!あとは……今度はお兄ちゃんにも合わせてね」


 ショーンが大きく手を振った。私は笑顔で手を振り返す。


 今回のことで八百屋のサーシャおばさん以外にも力強い味方ができた。フィルランドで暮らす私とゲオルグにとって状況が大きく好転する出来事だった。

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