第005皿 ムガールあるいはイスラームのニハリ:インド・パキスタン料理 シディーク神保町店〈九段下エリア〉

 この日の夜、書き手は、インドとパキスタン、その両方の料理を扱う、いわゆる〈インパキ〉の店を訪れる事にした。もっとも、インパキの店の多くは、パキスタン人が経営している場合が多く、この日の夜に書き手が訪れた「シディーク」さんも、オーナーがパキスタン人なので、パキスタン寄りの、〈パキイン〉の店と言い得るかもしれない。

 とまれ、そういった事情もあって、書き手は、この店では、インドっぽい品ではなく、なんとなくパキスタンっぽいカレー、「ボンレスラムニハリ」を注文する事にした。


 「ボンレスラム」とは、この英語を直訳すれば分かるように〈骨なしの羊肉〉なのだが、 これに対して、〈ニハリ〉は耳馴染みのない単語かもしれない。


 この〈ニハリ〉は、〈ナハリ〉と呼ばれる事もあるそうなのだが、とまれかくまれ、呼び名がニハリであれナハリであれ、その特徴は、赤茶色のスープに、スパイスと肉汁が溶け込んだギトギトの油が浮かび、これに山羊や羊の肉がゴロゴロっと入っている点にある。


 ちなみに、ニハリは、イスラーム王朝であるムガール帝国末期に作られたそうだ。

 歴史的に言うと、二十世紀半ばに、パキスタンはインドから独立したという経緯がある。ざっくり言ってしまうと、宗教的に対立していたヒンドゥー教徒とイスラムー教徒(ムスリム)の分離政策が為され、インドの北西部に「パキスタン・イスラム共和国」が成立した次第なのだ。この正式国名を見ても明らかなように、そもそもの話、パキスタンとはインド系のイスラーム国家なのである。


 だからこう言ってよければ、ニハリは歴史的にムガール料理で、ムガールがインドにおけるイスラーム王朝であった点に着目すると、ニハリは、ムガール料理、イスラム教徒のカレーで、さらには現代においては、パキスタンのカレーと言っても、それは言い過ぎではないかもしれない。


 やがて、銀色の大皿に置かれた、大きなアッツアツのナンと、白い中皿に入れられた、赤茶色のカレーが供された。

 本場のニハリは、カレーの表面を覆っている油膜がその特徴らしいのだが、書き手の目の前のカレーは、本場のパキスタンのニハリに比べると、油は然してギドギドではなかったものの、赤茶色のカレー際が油のような何かで縁取られているように見えた。


 とまれ、千切ったナンをニハリにつけながら食べ進めていったのだが、ニハリがまだまだ残った状況でナンが無くなってしまったので、ナンのお代わりを書き手は所望した。


 やがて供されたナンは、最初に提供された物とほぼ同じ大きさで、これもまたアッツアツで、同じように千切ったナンをニハリにつけながら食を進めていった書き手だったのだが、最後には、残しておいた、小さく切り分けられていた〈ボンレスラム〉を、大きめに千切ったナンに挟んで口に運んだ。これもまた、かなりイケる食べ方で、かくして、白色の中皿からは、ニハリもボンレスハムもキレイに消え去ってしまったのだった。かくの如くオカズが無くなったというのに、銀色のターリーの上には、ナンがまだまだ三分の一ほど残っている。


 中皿一杯のカレーだと、ナン一枚ではカレーが余ってしまう。だが、ナンのお代わりをすると、今度はナンの方が余ってしまう。

 とはいえども、ニハリで辛くなった口内を拭き取るのに、このプレーンなナンは大いに役立つわけで、このように考えれば、余ったナンも決して無駄にはなんないな、そう思う書き手であった。


〈訪問データ〉

 シディーク神保町店:九段下エリア

 八月六日・水・夜二十時

 ターリーセット・ボンレスラムニハリ:一四五〇円(現金)

 辛さの印象:辛2

 戦隊カード:♣Q「ゼンカイジャー」(二枚目)


〈参考資料〉

 『神田カレー街公式ガイドブック2025』、三十四ページ。

〈WEB〉二〇二五年八月十二日閲覧

 「来日26年で倒産も経験「シディーク社長」逆転人生」(二〇二一年十一月二十五日付)、『東洋経済』

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