第14章「やさしさの代償」

翔太の視点


「……やっと、普通の日々が戻ってきた気がする」


事件から数日後。翔太はマンションのベランダで、ぼんやりと曇った空を見上げていた。


手には、美咲から預かった“過去の記録”──心理ゼミ時代の実験資料と、遥の論文の下書き。


「でも──これ、何かがおかしい」


遥の論文。そこに書かれていたテーマは「やさしさの条件と限界」。

彼女は一貫して“他者の心が壊れる瞬間”に異常な執着を見せていた。


その記録の中に──もう一人の名前があった。


被験者B.K──柏木玲奈。


翔太の心がざわめいた。


(玲奈……確か、ゼミの同期で、途中で姿を消したはず──)



美咲の視点


翔太からその名を聞いた瞬間、美咲の顔がこわばった。


「玲奈ちゃん……まさか、彼女が今も……?」


記憶が蘇る。

玲奈が“遥と二人きりで長時間の実験”に参加したあと、突然ゼミを去ったこと。


そして──遥がその日、誰にも見せなかった“泣き腫らした目”。


美咲の中で、ある確信が芽生える。


「翔太。もしかして──遥が最後に壊そうとしてるのは、玲奈ちゃんかもしれない」



遥の現在(別視点)


廃墟の奥、通電の切られた旧実験室。

遥は暗闇の中で、机の上の一冊のアルバムを見ていた。


「玲奈。あなたはまだ“壊れてない”。

あの時、私が逃した唯一の失敗作……」


ページをめくると、そこには玲奈の写真。

穏やかな笑顔の裏に、遥だけが見ていた“壊れかけた目”があった。


「あの時、美咲が手を差し伸べなければ……今頃、私と同じだったのに」


遥の手が震える。


「やさしさなんて、全部ごまかしよ。

あなたの“代償”を、今度こそ、支払ってもらう──玲奈」



翌日:新たな兆し


美咲のもとに、“無記名”の手紙が届く。


『私のせいでまた誰かが傷つくかもしれません。

でも、もう逃げません──柏木玲奈』


そこには住所も連絡先も書かれていなかった。

けれど、美咲はすぐに気づく。


「これ、あの公園の裏の教会跡……玲奈ちゃん、あそこにいる」

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