第7章「仮面の裏側」

美咲の視点


「裏切り者」


玄関ドアに残された赤いスプレーの文字は、見慣れた自宅を“戦場”に変えた。


手は震え、声は出ない。

スマホを握る指先だけが、必死に翔太へと助けを求めていた。


「……怖い。私、もう限界かもしれない」


電話越し、翔太の声は低く、静かに怒っていた。


「すぐ行く。絶対、君を守るから」


その一言に、何度も押しつぶされそうだった心が、少しだけ持ちこたえた。



中村翔太の視点


美咲の部屋に駆けつけた翔太は、赤い文字を見てすぐに警察へ通報した。

形式的な調査と記録が済むと、彼は真剣な顔で美咲を見つめた。


「これは、偶然じゃない。誰かが明確に君を狙ってる」


美咲は頷く。


「私……たぶん、隣人の遥さんに、何かされてる」


翔太は目を細めた。


「彼女、俺のことも知ってるみたいだ」


「え?」


翔太はバッグから小さな封筒を取り出した。中には写真──


翔太が会社で誰かと話している写真だった。


「たぶん、隠し撮りされた」


遥は、翔太の行動まで監視していた。

彼女はもう“隣人”ではなく、計画的に二人を追い詰める“犯人”だ。


翔太は決意した。


「……調べるよ。桐谷遥のこと。必ず、正体を暴く」



遥の視点


「焦ってるわね、翔太くん」


遥は一人、部屋の中で録音機を再生していた。

そこには、翔太と美咲の会話がすべて録音されている。


「信じてる、翔太くんだけは味方だって」

「必ず、遥さんのこと証明してやるって」


遥はスピーカーにそっと触れる。


「信じるなんて、弱さの証明よ」


遥は、過去に唯一“信じた”相手──家族、恋人、親友──すべてに裏切られてきた。


信じることは痛みだった。

だからこそ、“信じている人間”を壊すことに快感を覚えるようになった。


翔太が美咲を守ろうとすればするほど──


「壊しがいがある」


遥は、静かに翔太の秘密を探り始めていた。

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