第19話

第19話「二つの声、重なる瞬間」


冬の終わりを告げる小さな春一番が吹いた週末の午後。

晴斗とひよりは、都内のイベントホールに足を踏み入れていた。ここは、かつて朗読ライブを開いた小さな会場だ。今回はWeb連載の読者向け特別イベントとして、二人揃ってステージに立つことになっている。


「久しぶりだね、この場所」

ひよりが会場の客席を見渡しながら、そっと呟いた。

「前はひとりで朗読したけど、今日は二人。どんな空気になるんだろう」


「俺も緊張してるよ。でも、君と一緒ならきっと大丈夫」

晴斗は深呼吸し、ステージ袖を見つめる。そこには、昨夜リハーサルを終えたときのひよりの背中があった。凛とした姿に、思わず胸が熱くなる。



1 予期せぬトラブル


リハーサルは順調だった。しかし、本番前にトラブルが起きる。

会場スタッフから連絡が入り、音響機材のトラブルでマイクが一台しか動かないという。

「どうしよう……二人同時に喋れないかもしれない」

ひよりの声が小さく震えた。


「大丈夫。きっと代替案があるはずだ」

晴斗はすぐにスタッフと打ち合わせを始める。限られた時間の中で、ふたり分のマイク位置を動かし、ナレーションと朗読を交互に聞かせる構成に変更することを提案した。



2 挑戦と協奏


本番直前、ステージ袖でふたりきりになった。

「最初は私が朗読して、その間に君が秘密のナレーションを小声で入れる。間奏の後で、君がメインの朗読を始める。どう?」

ひよりの提案に、晴斗は微笑みながら頷く。


「いいアイデアだね。俺たちらしい“重なり”方かもしれない」

ふたりの声が重なるタイミングを何度も確認し、息を合わせる。胸の高鳴りが、ふたりの絆を確かめるリハーサルとなった。



3 本番、声の調べ


ホールの照明が落ち、静寂が訪れる。来場者のざわめきがかき消され、代わりにスポットライトがステージ中央を照らした。


「それでは、Web連載『君が隣にいてくれるなら』特別朗読ライブ、まもなく開演です」

晴斗の小さくも確かなアナウンスが、観客の心に静かに響く。


続いて、ひよりが深く息を吸い込み、第一声を放った。


「君の声は、いつも未来を呼ぶ音色だった」


その瞬間、会場が息を呑む。

ひよりの透き通る声に続き、晴斗のナレーションが重なる。


「過去のすれ違いが、今ここをつなぐ糸となる」


ふたりの声がまるで重なり合うハーモニーのように、会場全体を包み込む。ひとつのマイクで、互いの距離を感じながらも絶妙にシンクロする「声のアンサンブル」は、来場者の胸を熱くした。



4 届いた想い


朗読が終わると、来場者はしばし言葉を失ったあと、大きな拍手を贈る。

ステージ袖に戻る途中、晴斗は目頭を押さえた。ひよりもまた、胸の前で両手を合わせている。


「すごかったよ……」

ひよりはまだ少し息を切らしながら、晴斗に寄り添った。


「君の声と、俺の声が、あんなにぴったり重なるなんて」

晴斗は震える声で言った。


「あなたとだから、できた」

ひよりは微笑む。その頬には、温かな涙の跡があった。



5 物語はここから


イベント終了後、付き添いのスタッフも帰り、会場は静寂に包まれた。

ふたりきりになったステージで、晴斗はひよりに向き直る。


「この先も、ずっと一緒に声を重ねていこう」

晴斗の言葉には、迷いがなかった。


「うん。私も、あなたと紡ぐ声を、未来まで響かせたい」

ひよりは目を潤ませながら頷き、そっと晴斗の手を握った。


客席で見守ってくれたすべての読者とリスナーに向け、ふたりの約束はここで新たに刻まれた。


春の訪れがもうすぐそこまで来ている。

ステージ上で交わした小さな声の約束は、やがて大きな物語へと育っていく――。



▶ つづく



第19話では、二人のコラボレーションを支える協調と、声が重なる瞬間の感動を描きました。

次回・最終話へ向け、さらに熱く、丁寧に物語を紡いでまいります!

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