旅をする女

 この世界は魔法と未知で作り上げられた世界であり。

 幾重もの達人、支配者、生態、文化で構成された美しくも儚い。

 神、魔神といった吟遊詩人が謳う物語の存在もあるとされてはいるものの、この世界の構成には深く関わってはいない。しかし人々の信仰として、文化として心や形には刻まれている。


 この狭く細い森に囲まれた道も人々が歩くことを重ねた結果の末、出来上がった舗装された道である。


 黒色のフードを深く被る彼女はただ1人、大きな棺桶を背負い長い道なりを進んでいく。

 大きな棺桶を背負うその様子は、苦しそうな表情もなく、ただ真顔でひたすら歩き続ける。共も連れず、ただ独りでに歩く。

 暗闇が世界を包むように少しずつ日が暮れていく。

 

 そして彼女はその暗くなった道で足を止めた。


「・・・・・」


 サッと黒ずくめのマントで羽織られた数人の刺客が彼女を囲う。


「よもやこんな夜道で独り歩きとは、油断したな?」


「・・・・」


 彼女はこの状況でも棺桶を決して下さない。暗く表情の見えない彼女の素顔、しかしどこかその佇まいは平静である。

 まるでこのことを予期していたような。


「何も言葉はでないかっ!」


 襲撃者たちは一斉に立ち尽くす彼女へ攻撃を仕掛ける。


 だが


 ドゴッ!!という地面へ強く足踏みした彼女の一撃が地を砕き、周りへ衝撃波を放出し吹き飛ばしたのだ。


「っっ!」


 黒ずくめの襲撃者は耐えられず、そのまま木々や周囲へと飛ばされていく。

 受け身を取れた者は体勢を咄嗟に彼女を振り返るも目の前に石の弾丸が避けようのない速度で迫っていた。


 そして眉間や顔の一部をぐしょ!っと抉り貫いていく。


「ばっ!」


 そんな男の前には、数人相手に圧倒した彼女がいた。


「け、もの」


 そんな男の顔をそのまま足で踏み潰して胡桃のようにグッシャァ!と砕いていく。


 こうして襲ってきた彼等は全滅し、再び静まり返っていく。


「血生臭ぇってのっ!!チッ。」


 彼女は棺桶に異常がないかの確認をし始める。


「よし、特に問題ないな。こんぐらいの威力でも耐えられることだし、もいい腕してやがんなぁ〜。良かった良かったぁ・・・」


 彼女はホッとしたのか、自然と優しく安堵した表情を棺桶へ向けていた。


「飛び出してきた当初はその辺の教会にあったやつを引っ張り出しただけだったからな。あん時は少しヒヤヒヤしたけど、これならいけるな。」


 ヨシヨシ優しく撫でた後、彼女は再び棺桶を背負う。軽くヒョイっと持ち上げては再び背負う。

 そんな彼女の見た目は、筋肉質という訳でもなく、至って女性の細いスタイルそのものである。

 発達の良い胸に、モデルのような姿、そしてフードを下ろすと髪色は銀と黒の2色ツートンショートボブヘアーである。そして肌の色は黒く褐色であり、傷ひとつ無い綺麗な肌質を保っている。


「やっぱ国境を越えても襲ってくんのな。ほんとしつこい奴らだよな?」


 棺桶にいるに陽気に話しかける。だが棺桶からは一切の返事がない。


「ったく、前まで誰かを追い詰めて殺してた側からいきなり指名手配されて追われる身になるなんてな。」


 彼女は血塗れになっているその場からゆっくりと闇に消えていく。


 そこから数時間後


「この辺が野営に適してるな。火をつけると場所示してるようなもんだしな。

 まあ、そこは魔法とかでなんとかなりそうかな・・・・魔法も探知に引っかかるけど。」


 そう言って彼女は下ろした棺桶に横になり、身を寄せながらそっと目を閉じた。










































 これは私がまだギルスタン帝国というところにいた頃の話


   ジュリア・プロテクタン

 本名 ジュリア・アルスター


 本来の出自は貧民街にいる夫婦から生まれ、いつも能天気な日々を過ごしていた。

 確かに貧しいけど、生活には困ってなく、最低限度の暮らしはできていた。その上、友達がいた・・・そう彼も。


「おーーーーい!アルスター!」


 窓の外から大きく元気な声をした青年が友達たちを連れてやってきた。

 いつもの出迎えである。


「遅いよ!」


 私は身を乗り出して一階の窓から返事をした。


「わりぃわりぃ。なんつったて、コイツがシシリーのためにさぁ!」


「あっ!おまっ!」


「フフフっ!」


「もう!やめようよ!そうやって争ってばかりでさぁ!?」


 4人は楽しそうに戯れつく。子供の無邪気さが貧民街であることを忘れさせ、周りに活気を与える。

 私もそのひとりに入っている。


「じゃあ今日も行こう!」


 私は今日も彼らと共にあるところへ向かう。


 そんな私たちが向かった先は、帝国の修練城いわゆる軍隊や騎士がいるところである。


「すげぇ!やっぱかっけぇぇよなぁ!

 なぁ!シシリー!?」


「もう、いつも同じねカイは。」


「いやだってさ、そろそろ俺たちも学校とかにいける年齢?とかだろ!?そりゃワクワク」


「い、いやそれさ、スキルが余程優れでないと僕らのような貧民出身には難しいよぉ・・

 でも確かにチャンスはあるのかも。」


「夢見すぎだよぉ!」


 カイ、シシリー、マグイは夢を語る。


「ねえ。」


 私は彼に声をかけた。


「うん?ああ・・そうだな。」


 相変わらず察しが良くてまた惚れてしまいそうです。いつも惚れ直してます。


「そうだな・・・・・・どうなるかな・・」


「らしくないよ。」


「まあ・・・そうだな!やっぱ俺は勇者になって帝国で1番強くなってやんぜ!」


「なっ!おまっ!ぶふっ!」


「っ!アハハハハハハハハ!何それ〜!」


「さす、がっに。ぷふっ!」


 全員は彼の宣言に笑ってしまう。


「そんなことないよ。」


「え?あ、はい。」


「そ、そうね・・・」


 ガクガクと1人震えるマグイ。


 彼女から殺意のような強いオーラが背中から漂っている。


「これジュリは将来鬼軍曹とか殺し屋になったそうだよ・・・」


「はい?」


「なんでもありません!」


「おっ?なんだなんだ?楽しそうだなぁ!」


 ガヤガヤと私たちは夢を語り、楽しく今という時を過ごしてた。そう鑑定という教会の儀式が始まるまでは。


 それは数年後の話


「ジュリアなる者、前へ。」


「はい。」


 子供とはいえ風の子、身体の成長は多かれ少なかれ起こっていた。中身も同じ。

 白いオーブが私を鑑定しようと光が照らされる。輝きを放ち、私をと何かが見詰める。


 そして謎の象形文字と祝福の鐘が鳴る。周囲はどよめきを隠せない。

 鑑定にきた神官も同じく、驚きで波紋が巻き起こっている。当時の私には理解でかなかった。


「こ、これは・・・素晴らしい!彼女には2つの能力に加え、両方共神系統に部類されるぞ!」


「へっ?え、ええ?」


 脳が真っ白だった。

 いろんな過去が私を過る。そして今を改めて視認し直す。その上で私は己に問いかける。何故私であったのだろうか?


「・・・・・すまない。取り乱してしまった。まさか着いて早々何十人目かでのこの鑑定・・・久方振りに天命に巡り会えてつい。」


 そして何故か鑑定に来た神官が涙を流している。


「貴女は神より2つの能力『神体しんたい』と『神聖』を与えられております。

 1つ目は文字通りの身体能力が常人の遥か倍、いえその数百倍の強さと寿命を得ております。まさに天より地上の観測者として遣わされたに違いない。

 そしてもう1つの『神聖』こちらはエレメンタリーという神聖属性の一部が開放されており、なんの神聖魔法かは不明だが、貴女の相性に合わせた特殊な魔法が貴女だけに使用が可能となっております。」


 パチパチと祝福されるジュリア。親も涙しながらその様子に祝福する。

 そして彼女が振り返る彼も笑顔で祝っている。しかし、それは一部歓迎しない視線も存在していた。


 元々、ジュリアたちアルスター家は敗戦国から流れ着いた移民であり、一部のものには軽蔑の対象となっていた。

 敗戦国からの難民に加えて、帝国に属さなかった者として虐げられていた。それはジュリアも同じであった。


 そしてその祝いの中突如、頭上に黒いモヤが現れ、次元が裂けた。

 あまりの一瞬の出来事に一同は動かず、上空を振り返った。その時には既に次元の隙間から魔の存在とされる者、魔神。別名『デモンリアクター』という神に匹敵する存在が現れていた。


「久々の収穫だなぁ・・・ええ?ゴミども。」


 見下し、今にも殺せそうな雰囲気を放つ魔神。その存在と崇高さに何故かひれ伏したくなる現象に周りは見舞われていた。

 しかし


「く、そっ!現れたか!」


「あれが最近、神の子に魔神としてギフトを授け、立ち去っていく『デモンフォーゼ』ですか!?」


『デモンフォーゼ』とは神の力を有した者に魔神がギフトを与えて、人間のまま魔神の使徒へと変える現象である。


 力自体は神のスキルを授かった者たちに匹敵するものの、同時に世界から迫害を受けてしまう。魔人や魔物と相性が上がり、闇の精霊とのやり取りも可能にはなるものの、そのリスクは計り知れない。


「ええ・・・今回は彼女を狙ったのでしょう。丁度成長真っ盛りの彼女にこのギフトは確かに強化されるでしょうが、この先は魔の使徒というレッテルと扱いしか待っていません。

 責めてこの神の子だけは死守します!みなさ」


 鑑定をした神官たちが一瞬でバラバラの粉々の肉塊は変わり果ててしまう。

 血飛沫などない。ただそこにあったとされる身体、人の存在を打ち砕くかのように散っていく。


「い、いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 貧民街の住民は騒ぎ立て、その場を一斉に離れてしまう。


「ジュリア!」


「あなた!」


 ジュリアの家族は必死に守ろうと近付こうと懸命に前へと進むが、騒ぎの混乱と逃げ惑う人々の前に進めずにいた。


「ほほう。怯える小娘よ。安心せよ、新たな力と存在を授けてやろう。」


 ニヤニヤと近づき涙を流し、何もできないジュリアはただ迫り来る手に立っていることしかできなかった。


「っぅ!っ!」


 そして魔神がいつの間にか目の前から消えていた。

 そんな目の前には彼がいた。少し違う様子であった。

 今の私には視えていた。彼の周りに漂う不可思議な色をしたオーラと炎のようなモヤが彼の背中から出ていた。目は輝きの色、白を中心に変わっており、髪色も黒から白銀に変わっている。そんな彼の手には小さく黒い球体が浮かび上がっていた。


「大丈夫か!?アルスター!?」


「あっ、うぇ、あっ!」


 私は咄嗟の出来事の連続で声が出ずにいた。何故?助けてくれた。ありがとう。などいろんな感情が込み上がる。

 そのせいか、言葉が出ずただ震えて手を伸ばすぐらいであった。


「おらっ!俺たちチーム『最恐帝国騎士団』の出番だぞ野郎共!」


 そんな彼は私を見て思ったのか、周りから友達たちを引き込むように宣言した。


「お、おらぉ、い、いやぁびびってねえよ!?」


 カイ


「そ、そうよ・・き、きっと大丈夫よね?」


 シシリー


「ぼぼぼくはっ!じ、アルスターさん!」


 マグイ


 ようやく私は私に還ってきた。


「あ、ありがとう・・・ぐすっ。」


「ばっきゃ。」


「噛んでるっし。」


「シシリーだってびびってんだろ!?」


「あわわわわ、あ、アルズダーざんー!」


「はははっ!流石は俺の騎士団だ!」


「何がお前のだよ!リーダーは俺だ!」


 みんな彼のその姿に驚かない。むしろ、信頼を彼に託していく。


「まあな。よぉし!騎士団の任務だ!アルスターを。いや、ジュリアと家族を守るんだ!」


 彼はそう言って再び前へ突き進む。

 飛ばした方角にいるであろう魔神の元へ。


「お、おい!」


「行っちゃった・・・って早く安全なところに避難させて私たちも行かないと!?」


「い、いぐんですがぁ!びぇぇぇん!」


「な、泣いてないで早く!」


「ちょ、ちよっと!」


 泣きじゃくるマグイに手を引きつられてシシリーたちと親たちと共にそこから抜け出していく。

 彼等の親たちは既に避難していた。後は私たちだけ。


 必死に必死にただ一心不乱に逃げた。激戦の起こる穴場所から。


 そして暫くの時が経ち、私たちはまた走って彼のいる方角は走り続けた。

 私は自然と身体が軽くなっていたのを感じた。『神体』による影響が及ぼすのか、更に早くもっと早く走った。

 カイたちを置いてそのままひたすら走った。


 だがジュリアが着いた時、その現実は非情を突きつける。

 戦いは激しさが物語っていた。瓦礫の山とクレーターの数々、そして中央で寝ている少年と誰もその現場にはおらず、ジュリアがただ1人辿り着いていた。


「っっ!」


 直ぐにその身体能力を生かして彼の元へと辿り着く。


「ねえっ!ねえって!起きてよ!」


 私は揺さぶった。彼に目を覚ましてほしく強く強く揺さぶる。

 そして少しだけ目が開く。


「ああ・・・・そうか。こなったか・・・」


「はぁ・・・」


 私はホッとした。だがそれも束の間である。


「すまない。俺は暫く動けない。」


「!?」


 彼の口からはそれだけが告げられる。


「なんで!?ねえ!なんでよ!?」


「すまない・・・・おれ・・星・・・」


 そのままからは健やかに眠るように目を閉ざした。


「・・・・・え?ちょ、ちょっと!ねえ!」


 彼は目を覚さない。どんな衝撃、どんな痛みにも彼は起きない。彼はただ眠りについてしまった。答えのない状況のまま。


 それから数日後


「おいアルスター、ここにいたのかよ。」


「・・・シシリーは?」


「おっ、おう・・・アイツは・・・」


 シシリーはあの事件から引き篭もってしまった。


「アイツは・・・怖がったんだろうよ。」


 違う。彼女は彼が好きだった。彼を心から愛していた。彼は気づいてない。いや気づいてないフリをしていた。私のこの気持ちもそう。

 彼は何からも気づかないフリをし続けていた。


「だから私も気づかないフリをしていた。」


「あ?どうしたよ?」


「なんでもない。」


 静かな空気が流れる。風の靡く音だけが2人の間を通過する。


「マグイは?」


 いつも青髪のボサボサで目隠れしている引っ込み思案なマグイもシシリーと同じく?


「アイツは引きこもったが、別の意味でだ。」


「?別の意味?」


「バッカ。男の秘密だよ。」


「・・・・そう。」


 私はただ彼のことを思い浮かべる。


「何しょぼくれてんだ!アイツは絶対帰ってくる!いつもヘラヘラしてどこにいんのか知らねえけどよ。」


「そうだね。」


「そんな日は来ない。」


 私たちの後ろに1人私と同じくらいの少女が立っていた。


「・・・・どちら様ですか?」


「?そう・・・・・兄様は何も教えてなかったんだ。」


 兄様?・・・・・彼の出自は誰も問いかけなかった。

 何故なら彼も私たちと同じく貧民街らしい服装に立ち振る舞いから、どこかの家であるとそう思っていたから。


「あんたバカでしょ?何しょうもないこと考えてるの?」


「読んだ?」


「そう。私もあんたと同じで2つスキルを授かったのよ。1つは『看破』。あらゆるものを見抜かことができる。もう1つは『神霊』7つの神の力を宿せる力ね。

 あんたのように常時じゃないけど、私もそれなりのものを貰った。」


 どこか彼女は私を敵視している様子である。ただそんな著名な人に恨みを買った記憶もない。


「兄様は、私の義理の兄にして同じ年よ。兄様を守るために私は日々を費やした。

 けど、結果は間に合わなかった。それどころか兄様はやっぱり1人で事を納めてしまった。」


「貴女は何を」


「無能なあんたたちを守るために兄様は自らの肉体と魂を犠牲にして魔神を滅ぼした。

 けど神に匹敵する存在を消すには一手、成長不足がゆえに遅れてしまった・・・」


 そんな彼の妹と名乗る彼女の拳からはギュッと強く握られたせいか、血が流れ出ている。


「兄様は自らを犠牲に魔神の力を取り込んで消滅させた。けどその対価として兄様は眠りにつく呪いにかかってしまった。

 本当は消滅だけでよかった。けどもう一度あなたを狙うと思った兄様は敢えて自らに対価を付けることで皆んなを、この国を救ったのよ。」


「・・・・・」


 私は歯痒い。何もできなかった。彼が何者かなどどうでもいい。ただ彼のために何もできなかった。

 好きな人の役にすらたてなかった。


「ちょっ、いきなり」


「外野は黙ってなさい!」


「ひゃ!ひゃい!」


 カイは彼女の威圧にビビってしまい、引っ込んでしまう。


「アンタが呪われてればよかったのに・・・アンタが受け入れてたら兄様は・・私がっ!」


 私は我慢できなかった。彼が、彼がやってきた事を否定されるのはダメだった。ただ私が非難されるのはよかった。

 でも彼は違う。彼の戦いを否定してはダメだった。


 だからこそ私は彼女へいつの間にか襲いかかっていた。

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