第14話

 婚礼の朝、月詠は使用人たちの手によって美しい椿の婚礼衣装を身につけた。 

 鏡に映る自分の姿に、人魚島では決して味わうことのなかった、未来への希望を感じる。

 天気も月詠の新しい門出を祝うような青空が広がっている。

 月詠が今まで迎えた朝で一番綺麗な朝だと感じた。

 明るい未来の幸せを感じ、月詠は胸を高鳴らせる。


「綺麗だな」


 広間へと向かう月詠の前に現れた冬鬼は、紋付袴姿だ。

 鬼島の頭首として威厳に満ちた姿をしている。


「冬鬼様も素敵です」


 冬鬼は月詠の美しさに心を奪われ、月詠もまた冬鬼の堂々とした姿に見惚れた。

 二人は静かに互いを見つめ、固い絆を確かめ合う。

 素晴らしい未来の一歩を冬鬼が一緒に踏み出してくれることが、月詠は嬉しかった。


「一年の婚姻期間だが、それが過ぎても俺は月詠を生涯かけて大事にして守り抜くつもりだ」


 冬鬼は、月詠の手をそっと取り、心から誓った。



 婚礼の儀が粛々と行われる。

 祭祀が祝詞をあげ、二人は盃を交わした。

 指輪の交換も滞りなく済んだ。

 式が無事に終わると、二人が乗る馬車に街の人々が祝福の言葉と花を投げかける。


「手を振り返してやれ」


 冬鬼が耳打ちする。

 月詠は小さく手を振り返した。

 こんなにたくさんの人々が祝福してくれる。

 良いのだろうか。

 たった一年の期限付きの結婚だと考えると、少し後ろめたさも感じた。

 それでも人々の温かい拍手に、月詠は胸をいっぱいにした。



 馬車が広場へと向かう途中、人々の歓声に紛れて、冬鬼と月詠を罵倒する声が聞こえてくる。

 その声の主は、人魚島からやってきた茉莉花だった。


 茉莉花は、周りの人々に月詠が「金魚と下級鬼族の間に生まれた偽りの存在」だと叫び、婚礼は無効であると主張する。

 突然の事態に、街の人々は騒然とし、祝福の雰囲気は一転して不穏な空気に包まれた。


 冬鬼も、その場に居合わせた雪鬼も、茉莉花の言葉が根も葉もない嘘だと即座に見抜いた。

 雪鬼は茉莉花が鬼の島を混乱させようとしていることを察し、騒ぎを収束させるために動き出す。


 一方、月詠は茉莉花の言葉にショックを受け、動揺を隠せない。


「私は長と母の娘ではなかったの?」


 肩を震わせる。

 確かに、長にも母にも似ていない。

 全てが偽りだったの?

 そう、顔を青くする月詠。


「月詠、茉莉花の妄言に耳を貸すな」


 冬鬼は月詠の肩をしっかりと抱き寄せ、彼女に微笑みかける。

 冬鬼の温かい眼差しに勇気づけられた月詠は、人々の不安を鎮めるため、そして自分は人魚であると証明するため、広場の中央で歌い始めた。

 月詠の綺麗な歌声とその能力は、人魚の母から受け継いだもの。

 れっきとした人魚の歌声である。


 月詠の歌声は、人々の心を癒やし、茉莉花の悪意を打ち消していく。


 雪鬼はすぐに茉莉花を取り押さえた。


「月詠は人魚じゃないわ! だって見た目が人魚じゃないじゃない!」


 そう喚き散らす。


「月詠様の歌声は紛れもなく人魚の歌声だわ!」


 我慢できないように声を上げたのは、先日月詠が助けた人魚の母親である。

 月詠はそれに気付いてホッとした。

 あの子も一緒だった。

 お母さんが元気になって良かったね、と微笑みを向ける。


「そ、そうよ。月詠様の歌声は綺麗な人魚の歌声よ。心優しい人魚そのものだわ。それに引き換え、茉莉花様こそ性根は腐っているし、癒やしの歌も歌えないじゃない! 人魚じゃないのは茉莉花様よ! 茉莉花様こそ化け物よ!」


 続いて声を上げたのは、茉莉花に怯え、言いなりになっていた人魚である。

 今までの鬱憤が爆発したのだろう。

 他の人魚も声を上げだした。


「茉莉花様はただ顔が綺麗なだけで心は腐っているわ!」

「顔も別に綺麗じゃないわよ!」

「お見合いでもあぶれてたじゃない!」

「長の娘だからって威張ってるだけよ!」


 そう罵詈雑言が飛び交った。


「何よあんたたち、後で覚えてなさいよ!」


 茉莉花はまさに負け犬の遠吠えだった。


「後があれば良いがな」


 そう言って茉莉花を引っ張っていく雪鬼だ。 



 パレードは台無しになったと思われたが、茉莉花が去った後は再び祝福ムードが戻ってきた。

 かつて月詠に石を投げた人魚たちまで祝福してくれていた。

 月詠はその様子に複雑な気持ちを抱くが、冬鬼がずっと手を握っていてくれたので、安心できた。


 二人のパレードは一周し、屋敷まで戻ってくる。

 声援はずっと鳴り止まなかった。






 盛大な婚礼の儀式とパレードを終え、冬鬼と月詠は屋敷で穏やかな時間を過ごしていた。

 月詠は、人魚島でのつらい記憶と、鬼島での温かい出来事を振り返り、冬鬼への感謝と愛情を改めて感じていた。

 冬鬼もまた、月詠の成長と、彼女が持つ歌声の力に心を奪われていた。




 その頃、雪鬼は捕らえた茉莉花を牢屋に拘束していた。

 彼は茉莉花の事を手紙に記し、人魚島の長に送る。

 長からの返事が届き次第、茉莉花を人魚島に強制送還する手はずだ。


 牢屋で拘束されている茉莉花は、謝罪どころか、何が悪いのか全く分かっていない様子で、雪鬼は呆れていた。


「あなた、この前鬼島に来たわね。たしか雪鬼さんだったかしら。あなたとだったら結婚してあげてもいいわ。それなりに顔も良いしね」


 そう言って、指先で雪鬼の顎に手をかけ、誘惑してくる。

 雪鬼はすぐにその手を振り払い、距離を取った。


「あなたは反省した方が良いですよ」


「なんで私が反省するの? 悪いのは月詠よ。身の程知らずの。それにしても鬼って趣味悪いわね。あなたは海景だったかしら、あんな女のどこがいいの? 人魚にしては背は高いし、目つきはきついし、女のくせに学があるなんて生意気よ。旦那からも離縁された女じゃない」


 茉莉花は腕を組み、ふんぞり返る。

 馬鹿にしたような視線を雪鬼に向けていた。

 雪鬼は海景が悪く言われ、腹が立つ。


「俺から見たら趣味が悪いのは人魚でしょう。海景さんはとても魅力的な女性でしたよ。それが分からないのは可哀想だとしか言いようがありませんね。まあ、分からなかったから離縁してくださり、俺にもチャンスが回ってきたわけですが」


 雪鬼は茉莉花と同じようにふんぞり返り、彼女を見下す。


「そこで反省していてください。明日にはあなたの父親から何かしら手紙が届くでしょう。勘当されないことを願いますよ」


 雪鬼はこれでもかと嫌味をぶつけ、その場を去った。


 茉莉花は屈辱を受け、恨めしそうに鉄格子を掴み、雪鬼を睨みつけるのだった。

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