第13話

 婚礼の日取りが「明後日」と知らされた月詠は、やはり不安が募っていた。

 結婚式にふさわしい着物もない。

 それに、やはり両親への挨拶は必要なのではないだろうか。

 作法知らずの無礼な人魚が嫁いできたと思われたらどうしよう。

 一年の期限付きの結婚だが、それでも礼儀は尽くしたい。


 月詠は部屋を出て、冬鬼の部屋の扉をノックした。


「どうした? 何かあったのか?」


 まさかこんな時間に月詠が部屋の扉をノックしているとは思わず、使用人だろうと扉を開けた冬鬼は驚く。

 寝間着の浴衣姿で月詠が立っていた。


「月詠、こんな時間にどうした?」


「冬鬼様、やはりお父様やお母様にご挨拶した方が……それに、着る服もありません……」


 月詠は俯きながら不安を口にする。

 それで眠れなかったのか。

 冬鬼はそんな月詠の肩にそっと手を置き、優しく微笑んだ。


「すべて任せておけ。父と母は自由奔放な性格で、俺が連れてきたお前を心から歓迎してくれている。それに、婚礼衣装はもう用意されている。心配いらない」


 冬鬼の言葉に、月詠の不安な心は少しずつ落ち着いた。


「今度こそ安心して眠れそうか?」


「はい、ありがとうございます。おやすみなさい」


 月詠は頭を下げると自分の部屋に戻っていく。

 冬鬼はフッとため息をついた。

 まさかこんな時間にいきなり来られて、夜這いでもかけられたのかと思った。

 心臓がうるさい。

 今夜は眠れそうにないな、と頭をかくのだった。



 翌日、使用人たちが月詠のために最高の婚礼衣装を運んできた。

 それは、白を基調とした美しい着物で、椿の花が鮮やかに刺繍されている。

 月詠は、生まれて初めて袖を通す豪華な着物に、胸を高鳴らせた。


「とても、素敵です……」


 鏡に映る自分の姿に、月詠は思わず息をのむ。

 人魚島では決して着ることのなかった、祝福の衣装。

 鬼の島の温かさに触れることで、月詠は明るい気持ちになっていった。




 一方、人魚島では、茉莉花が不穏な動きを見せていた。

 お見合いの日に冬鬼ばかり追いかけていた茉莉花は、結局他の鬼とのお見合いは成立しなかった。

 鬼島から茉莉花にお見合いを申し込む手紙は多数届いたが、彼女は見向きもしない。

 未だに冬鬼と一緒になるのは自分だと思って疑わないのだ。


 鬼島に茉莉花の写真を送り、売り込んでいた人魚島の長も辟易していた。

 いくら美しく可愛らしくとも鬼と婚姻せず金にならない娘より、鬼の長と結婚し、多額の結納金で売れた月詠の方が可愛く感じる。

 茉莉花は金になると手をかけて可愛がったのに、無駄金だったなと長は感じていた。

 とにかく誰でも良いから売ってしまいたい。

 長の家には生まれたばかりの嫡男がおり、女など要らないのである。



 茉莉花は鬼島に嫁いだ娘たちに近況を知らせる手紙を送らせていた。

 鳥が運んでくるその手紙は、半日もかからずに茉莉花の手に届いていた。

 どうせ直ぐに飽きられるか、鬼島でも冷遇されるに決まっていると思っていた茉莉花。

 しかし内容は毎回、茉莉花を苛立たせるものであった。

 冬鬼は月詠を可愛がっており、月詠は幸せに暮らしている。

 そう、写真付きで送られてくるのだ。

 月詠が楽しそうに笑っているのが気に食わない。


「なんであんな化け物が幸せで、私がこんな惨めな思いをしなければいけないの?」


 そして、先ほど届いた手紙には、婚礼が間近に迫っていると書かれていた。


「あの忌まわしい化け物がどうして……!」


 茉莉花は、月詠が幸せを掴みつつあることに激しい嫉妬を燃やした。

 どうにかして結婚式を潰してやりたい。


「冬鬼様は私のものよ!」


 茉莉花は思惑を巡らせる。そうだ、捏造すればいいのだ。

 あんな化け物みたいな容姿なんだもの。どう見ても人魚の血筋じゃない。

 人魚と人魚の間に生まれたはずなのに。

 茉莉花はニヤリと笑った。


 彼女の考えた捏造はこうだ。

 月詠は人魚でもなんでもない、金魚と下級鬼族の間に生まれた歪な存在だという偽りの話をでっちあげるのだ。

 月詠は人魚ではないから、契約は無効だと主張すればいい。

 そうすれば、冬鬼と月詠の結婚は成立しない。

 冬鬼は人魚の娘と結婚しなければならないと言っていたのを茉莉花は聞いていた。

 長である父と使用人の人魚の娘なのは間違いないが、その使用人の人魚はすでに泡になって消えている。

 父が「実は拾って育てた子供だ」と言えばバレない。

 そうして晴れて私は冬鬼様と結婚するのだ。

 父だって月詠が結婚しようが私が結婚しようが、もらえるお金は変わらないはず。

 協力してくれるはずよ。

 茉莉花は名案だと思った。


「私って天才!」


 茉莉花はすぐにその話を父にした。



「お前は本当に馬鹿な娘だ。そんなことをすれば私は鬼族を騙したとして罰せられるに決まっているだろうが。月詠は間違いなく私と使用人の娘だ。お前がそこまで浅はかな考えなしの馬鹿娘だとは思わなかった。部屋で謹慎していなさい!」


 長は激怒した。

 父にそこまで怒られたのは初めてで、茉莉花は面食らう。


「何よ、なんで分かってくれないの? なんで私が怒られなきゃならないの? 全部月詠のせいよ。あんな子、いなきゃ良かったのに。月詠が私から私の幸せを奪う! 許せない!」


 そう、月詠への憎しみをより一層つのらせた。




 その夜、茉莉花はこっそり屋敷を抜け出した。

 父の名前で高速船を手配する。


「茉莉花様、いくら茉莉花様と言えど、女性を鬼族との婚姻以外で外に出すことは禁忌でございます」


 茉莉花しかいないのを見て、船頭は怯え、断ろうとした。

 茉莉花は有無を言わせず船に乗り込むと、船頭に金を握らせる。


「もうお前は私の共犯よ」


 そう言って脅した。


「鬼島に行ったら冬鬼様と結婚するのだから、何の問題もないわ」


 そう茉莉花は不敵に笑うのだった。



 茉莉花の作戦はこうだ。

 婚礼の儀式が行われる当日に、月詠の秘密を暴き、公衆の面前で辱めを与えるのだ。


「月詠、私を辱めたことを倍にして返してやるわ!」


 そう高笑いする茉莉花だ。

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