12-4
向井さんと別れ、今度は瑠伊の教室へと向かった。
初めて教室に登校した彼がどんなふうに過ごしているのか心配だったけれど、廊下から彼のクラスを覗いてびっくり。瑠伊は普通に、数人の男女に囲まれて楽しそうに笑っていた。
「あ、夕映」
瞬時に私がやってきたことに気づいた瑠伊が、周りの友達に「またな」と片手を挙げる。
もうすぐ旅立ってしまう彼に「また」なんてないはずなのに、当たり前のように友達に笑顔で手を振った。
「驚いたよ。瑠伊があんなふうにみんなの輪の中に溶け込んでるなんて」
「俺もびっくりした。すげー緊張しながら教室に行ったのに、拍子抜けするほどみんな良いやつでさ。俺がもうすぐフィンランドに行くんだって言ったらめちゃくちゃ残念がってくれた」
「そっか。そうだったんだ。それならもっと早く教室に行ってれば良かったね?」
「本当だよ。俺は何をそんなに怖がってたんだろうな」
ちょっぴり寂しそうな顔を浮かべる瑠伊。私はそんな彼の手を握って、「ねえ、作品出しに行こうよ」と彼を誘った。
「そうだったな。行こう」
今日は、短歌絵画コンクールの事務局へ作品を提出する約束をしていた。提出といっても、郵便局で発送をするだけだ。結果は十月に出るらしい。
二人で手を繋いで学校の廊下を歩く。普段の私なら恥ずかしくて絶対にできないのに、今日だけはまったく気にならなかった。瑠伊と並んで廊下を歩ける、最初で最後の日。十分に噛み締めながら進んだ。
学校からいちばん近い郵便局まで、徒歩十分。
抜けるような青空の下で、二人並んで歩いた。たった十分歩いただけなのに、汗で背中や脇が濡れてしまった。瑠伊に気づかれないように、彼と少しだけ距離を置く。
「どうした、なんか離れてない?」
「べつに!」
こういう時に無駄に鋭いから、嫌になっちゃう。
心の中で悪態をつきつつ、その場で梱包資材を購入した。瑠伊と一緒に持ってきたキャンバスを箱に詰める。短歌は指定の応募用紙をプリントアウトしてそこに書き込んだ。作品を丁寧に入れて、郵便局のスタッフに手渡す。
「こちらの荷物を承りました。お控えです」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
私たちの作品が無事に郵便局員の手に渡り、大きく息を吐いた。
いってらっしゃい。
雛が巣立つのを見守る親鳥のような気持ちで、心の中で祈っていた。
「終わっちまったな」
郵便局を出ると、瑠伊が隣ではーっと大きく息を吐く。
「そうだね。いろいろあったけど、最後までつきあってくれてありがとう」
「それはこっちのセリフだよ。記憶を失って大変だったと思うけど、諦めずに短歌、つくってくれてありがとうな」
「瑠伊の絵を見てると、記憶はなくても自然とその時の光景が心に浮かんできたの。だから瑠伊、
私は彼ににっこりと笑いかける。こんなふうに自然に笑えるようになったのも、瑠伊が私に、不確定な未来でも二人一緒なら怖くないと教えてくれたおかげだ。
だが、そんな瑠伊ともあと二日後にお別れになる。
瑠伊は高校を卒業するまで、フィンランドで過ごすらしい。大学は今のところ日本での進学を予定しているが、未定だとのこと。
「もちろん。あー結果は十月か。一緒に結果見れないのはちょっと残念だな」
「そうだね。でも、今の時代SNSもビデオ通話だってできるし、きっと大丈夫だよ」
嘘をついた。本当は大丈夫じゃない。瑠伊と離れ離れになることが寂しくて仕方がない。でも、ここで私が弱音を吐いてしまったら、瑠伊に心配をかけてしまう——。
そんな私の心中を察してくれたのか、「あのな」と瑠伊が口を開く。
「俺の人生に、夕映がいない日常なんてあり得ないから。だから毎日電話かLINEをしよう。隣にはいてあげられないけど、夕映の話を毎日聞きたい。俺の話も聞いてほしい。夕映が俺との過去を失っても、俺は絶対に忘れないから。俺との未来をこれからも一日ずつ、つくってくれるか?」
「瑠伊……」
熱い言葉に胸を焦がされそうになる。
そうだ、私は瑠伊と同じ未来を生きることに決めたんだ。離れるのはたったの二年。この先の長い人生を思えば怖くない。
「もちろん。一緒にいるよ、離れていても。私は瑠伊のそばにいる」
瑠伊が私に教えてくれたこと。
それは、大切なものを失っても未来は続いていくということ。
不確定な未来は、希望だということ。
自分が辿り着きたい未来にいくために、自ら行動すること。
私の人生は私が選んでいいんだ。
私は瑠伊と一緒に生きる未来を選ぶ。
だから瑠伊。
絶対帰ってきてね。
絵を描くことをやめないでね。
たくさん電話をしようね。
そっちでの生活のことを聞かせてね。
私のこと、ずっと好きでいてね——。
「ありがとう。安心しろ。あっちでもずっと夕映のこと考えてる。絵も描き続けるから。フィンランドだし、オーロラの絵でも描けたら見せるよ」
「本当? オーロラなんてもちろん見たことないし、楽しみだな」
「待ってろ。俺は世界でいちばん、夕映のことが大好きだ」
屈託のない笑顔を浮かべる瑠伊の顔を見ながら、愛しさで胸がいっぱいになる。
確かにあふれてくる歓びに、目の前の景色が虹色に輝きだす。
私たちはこれから遠く離れた場所で生きることになるけれど、未来の道はひとつにつながっている。そう信じている。
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