4-3

 その翌日も瑠伊と図書館で勉強をし、さらにその次の日は土曜日だったので、いつもと趣向を変えてカフェで勉強をした。

 瑠伊と一緒に勉強をする時間は、一人で勉強をするよりもずっと楽しい。勉強することが楽しいと思ったのは初めてだ。

 そして、日曜日。六月十五日に、私は福岡に向かっていた。

 命日は明日だが、一周忌の法要は日曜日の今日に執り行うらしい。母親から教えてもらい、事前に優奈のお宅に連絡を入れてもらった。

 優奈のご両親にどう思われているのか……正直、母が連絡をとってくれている間も怖くて仕方がなかった。けれど、母が「ぜひいらして、だって」と教えてくれた言葉を信じて、新幹線の切符をぎゅっと握りしめる。

新幹線の隣の席には、約束通り瑠伊が座っていた。


「俺、新幹線に乗るの、何気に初めてかも」


「え、そうなの?」


「ああ。フィンランドの母親の実家に行くのに飛行機にはよく乗るけど、新幹線は初めて。修学旅行では乗ったのかな。中学の時の記憶がないから分かんねえや。だから夕映と乗るのが初めての新幹線」


 笑い話のように、へへっと鼻を掻きながら教えてくれる瑠伊。なんだか照れ臭くて、そっと下を向いた。


「あ、飛行機雲だ」


 出発してすぐに座席の窓から飛行機雲が見えた。瑠伊が急いでスマホのシャッターを押す。「うわ、ちょ、待って!」と慌てている姿がおかしくて、しばらく笑いが止まらなかった。



 優奈の自宅にたどり着いたのは、午後一時過ぎだ。お昼ご飯は新幹線の中で、駅弁を食べて済ませておいた。いい感じに眠たくなる時間帯だったけれど、馴染みのある彼女の戸建ての家ではなく、少し古くさいマンションを目にしたとき、心臓が痛いほどに跳ねた。


『優奈ちゃんは、忘れ物を取りに帰った時に余震に遭って、ご自宅が倒壊して、それで……』


 優奈が亡くなった時のことを語る母の震える声を思い出す。

 あの日、私とお揃いのブレスレットを取りに帰った優奈は、タイミング悪く起こった大きな余震によって、崩れた家の下敷きになった。

 その時の映像を想像すると、胃が引き絞られるみたいにキリキリと痛んだ。気づかないうちに、歯をぐっと噛み締めて、新しい優奈の家のマンションの扉を、穴が空くほど見つめてしまう。 

 優奈だけがいない、彼女の家の扉を。


「夕映、大丈夫か」


 息をするのも忘れてしまっていたとき、隣にいた瑠伊が、私の背中にぽんと手を添えてくれた。

 彼の手のひらの感触に、はっと我に返る。


「う、うん。ごめん。チャイム鳴らすね」


 強がって答えたけれど、インターホンに触れる指は震えていた。


「待って。俺が押すよ」


 さっと彼の手が横から伸びてきて、私の手に覆い被せるようにして、インターホンのボタンを押した。

 軽快な音が鳴り響き、しばらくするとガチャリと玄関のドアが開く。中から優奈のお母さんが顔を覗かせた。


「夕映ちゃん……、久しぶりね」


 一年ぶりに見た優奈のお母さんは、心なしか目元のシワが増え、以前よりも痩せているような気がした。

 事前に母から連絡は入れてもらっていたから、私が来たことに驚いている素ぶりは見せない。


「お、お久しぶりです。あの……」


 こういう時、なんと言えばいいのか分からずに、もごもごと口を動かしていると、おばさんは「そういうのはいいのよ」と優しく言ってくれた。


「わざわざ来てくれてありがとう。あと、そちらの方は?」


「えっと、友達の海藤瑠伊くんです。優奈とは面識はないんですけど、一緒に来てくれるというので……」


「初めまして。海藤瑠伊です。突然お邪魔してすみません。彼女の友達の優奈さんのこと、どうか弔わせてください」


 瑠伊は、私が予想していた以上にきっちりとした挨拶をして、おばさんに向かって頭を下げた。その丁寧な物腰に驚いたのか、おばあさんは「まあ」と目を丸くしたあと、すぐに微笑んだ。


「来てくれてありがとうございます。どうぞ、上がって」


 おばさんから歓迎されていると分かったからか、どこか強張っていた彼の表情もほっと和らいだ。


 優奈の家に上がると、中にはおじさんもいた。黒い服に身を包んだ弟の涼真くんも、おじさんの隣にちょこんと立っている。


「夕映ちゃん、久しぶりだね」

 

 おじさんは、私が知っている優しいおじさんのままで、初対面の瑠伊にも「よく来てくれたね」と柔らかく笑っていた。


「こっちよ」


 和室に通された私たちは、優奈の眠る仏壇の前まで案内される。

 真新しい立派な仏壇を見て、ごくりと唾をのみ込む。遺影は、中学の頃、二人で海に遊びに行った時にとった写真だった。満面の笑みを浮かべる彼女の写真を見て、胸にどうしようもない痛みが走る。


「優奈……」


 無意識のうちに、左手首をまさぐる。そこにはかつて、彼女とお揃いのブレスレットがついていた。でも、優奈が亡くなってからは、机の奥底にしまいこんだまま、一度もつけたことがない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る