第15話

 九時すぎ、アルバイトたち全員が去るのを見届けた後、二人で面談室に入った。

 恭弥と彩音は向かい合って腰かける。


「宇居くん、訊きたいことがあるの。もうわかってるかもしれないけど……」

「……木野崎さんのことですよね」


 恭弥は俯いたままで答えた。


「うん。お母さまからご連絡があったの。連絡をとり合っているようだって。それに、一緒に出かけたって聞いてる」

「……その通りです」


 消え入りそうな声で、すみません、と呟いた。


「雇用契約書にもある通り、生徒と連絡をとることはできない決まりになってます」

「はい、本当にすみません……」


 項垂れた恭弥に向かって、彩音は優しく語りかける。


「こんな時に言っても仕方ないんだけど……。宇居くんは子どもたちとの距離をつめるのが本当にうまくて、子どもたちが明るい雰囲気で授業を受けているので感心してたの。授業準備もしっかりしていたし……」


 恭弥が適当に子どもに接していないことは、彩音も十分感じていた。

 

「だから、こうなった経緯というか、事情がちゃんとあるんじゃないかなって思って。話せる範囲でいいから、話してほしいの」


 恭弥が顔を上げ、その瞳が彩音の視線を捉える。不安げに揺れる瞳を、じっと見つめ返した。

 ややあってから、恭弥が口を開けた。


「……親が厳しい、つらいって相談を受けて」


 言葉を選ぶように、ぽつりぽつりと言葉を発する。


「志望校も勝手に決められて、家でもいろいろと制限されてるって言ってました。学校の友達に相談しても、過保護な親だねってぐらいの反応しかないらしくて」

「うん……。なんとなく、雰囲気はわかるかも」

「分からなかったことの質問の延長、みたいな感じで最初は聴いてたんですけど……授業の合間だと時間が限界だってなったのか、夏休みの終わりぐらいに連絡先を渡されたんです。相談も質問も、どっちもしたいって」


 連絡先を渡したのは、朱里からだったのか。真偽はわからないまでも、起因が恭弥でない可能性が出てきて正直なところ少しほっとしていた。


「契約書でもすっごい説明されたし、塾長に相談しないとって思ったんです。けど、木野崎さんの切羽詰まった状況見ると、なんかほっとけなくって」

「優しいんだね」

「……契約違反しているんでダメ人間ですけどね」


 はは、自嘲的な笑いを零した。


「そっからは、特に説明できることはないです。質問に答えたり相談にのったりするうちにちょっと気持ちが揺らいじゃって、気分転換させてあげたくて祭りに誘いました……。手助けするつもりが、塾長にも木野崎さんにも迷惑かけることになっちゃって、本当に反省してます」

「……先週、体調不良で休んだのは?」

「木野崎さんから、親にバレたかもって連絡がきたんです。でもどうしても浴衣着たい、でかけたいって楽しみにしてたから、祭りの日が過ぎるまでは二人とも塾に行かない方がいいかなって考えました。幼稚なことして、すみません」

「そうだったんだね」


 ふと時計と見ると、すでに十時を過ぎていた。


「とりあえず、今日はもう帰ろうか」

「……はい」


 恭弥を見送り、自席に腰を下ろした。


 恭弥の話しぶりからは、ただ単純に未成年にちょっかいをかけようとしたものではないような雰囲気があった。けれど、もちろん倫理的に許容することはできないし、母親への説明はしっかりしないといけない。

 

 ずきずきと疼くこめかみを押さえ、彩音は深いため息を吐いた。

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