第10話

 家の最寄り駅に着き改札をぬけたところで、改札の正面にあるコンビニのガラス戸に目が留まった。いつもはない画用紙で作られた提灯や水風船の装飾がなされ、そばにチラシが貼られていた。


 近づいて内容を見ると、『秋の豊穣祭』というお祭りが今週の土曜日から三日間かけて開催されるようだ。そういえば今週末は三連休だったことを思い出す。

  白稲神社のすぐそばにある、比較的大きな公園の広場に出店や地元野菜の販売所が設置されるらしい。


(こんなお祭りあったっけ……?)


 就職を機に引っ越してきて三度目の秋を迎えるが、このような掲示を見るのは初めてだった。

 彩音に町のイベントを気にする余裕がなかっただけかもしれないが。


(祝日は授業がないし、最終日には行けるかも)


 夏祭りは夏期講習があったので行くことが叶わず、思いがけない出来事に彩音は心を躍らせた。

 


 翌日、いつもように出勤して作業をしていると、塾の窓口が開く時間ぴったりに一本の電話がかかってきた。


「はい、お電話あり」

「もしもし、木野崎ですけど」


 彩音が電話対応の定型句を言い終わる前に、遮られた。声の主は朱里の母親だ。


「木野崎様、お世話になっております。速水です。なにかございましたでしょうか」

「急で申し訳ないんですけど、今日の授業は休ませます」

「かしこまりました。体調不良でしょうか。差し支えなければお伺いしたいのですが」

「そうです。頭が痛いらしくて」

「左様ですか。どうぞお大事になさってください」

「はい、じゃあ」


 素っ気なくぷつりと電話は途絶え、プー、プー、と電子音が響いた。


(どうしたんだろ、アプリで連絡すればいいのに)


 昨日の颯真の話があったため朱里の動向を気にする必要があったが、本人が来ないのではしょうがない。それとなく恭弥の方に探りを入れてみよう。

 しかし、朱里の母から欠席の連絡があった当日、恭弥からも休みたいと申し出があった。二人同時に体調不良なんて、なにか流行っているのだろうか。


 集団感染ほど塾の経営側にとって恐ろしいものはない。背筋が凍る思いでいたが、休み続けるのは朱里と恭弥だけだった。

 連絡を取り合っているかどうかの真偽は来週に持ち込すこととなった。


 日曜日の授業を終えて家路につくと、彩音の気持ちは明日の豊穣祭でなにを食べるかで頭がいっぱいだった。

 祭りで起こってしまうことを、そのときの彩音は知る由もなかった。

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