エドモンクワガタ

灯村秋夜(とうむら・しゅうや)

 

 あ、虫の話なんで、苦手な人は避難しといてください。ネットで噂になってて、大炎上もしてた人が失踪したって話のアフターでして。正直ウソくさいっていうか、まあウソだと思うんですけど、妙に信憑性あるっていうか……。俺、あいつと知り合いだったんで、証拠確かめに行けるんですよ。というか、行ったんですけど。


 タイトルは、あれで決まりですね。「エドモンクワガタ」。そんなのいないって? いないっすよ、新種でもないです。あいつが……「べむらー」がやってたプロジェクトの名前です。いや、もしかしたら――今はいるかもしれませんけど。




 もう死んだんでプライバシーもクソもないな、あいつは「村戸ソウリュウ」、いちおう俺の幼なじみです。こうなった今じゃあ、昔仲が良かったなんて恥にしかならないけどね。クワガタのブリーダーやってて、配信サイトで動画も出してました。まあでも、そうですね……再生数はずいぶん低くて。いちばんノってるときで三千くらいが限界でしたかね。そのうちに、よくあるやつに手を出し始めました。


 って言っても、狭い界隈の「よくあるやつ」はわかんないですよね。親から子に形質を受け継がせるやつで、赤いカブトムシをもっと赤くするとか、クワガタのあごを長くするとかです。べむらーのやつ、ヤバいのに手を出しましてね。


「背中の模様が珍しいクワガタ」を作ろうとして、ちょっと珍しい外国産のやつを近親交配させ始めたんですよ。一代や二代じゃそこまで、と思ったらすぐにいろいろ出始めて……奇形ですよ奇形。飼育下でよくある羽化失敗とかじゃなくて、明らかにおかしいやつです。その様子を動画にもSNSにも挙げてたんで、そりゃ炎上しますよね。




 当然のことなんですが、生き物を飼うのは、まず愛あってのことです。バズり狙いで奇形の生き物を作り出して、それをまた子供に受け継がせるなんて……頭がおかしいとしか言いようがない。俺がべむらーと縁を切ったのも、本名を晒しても良心の呵責なんてないのも、そのせいです。バズ狙いで生き物の命を弄ぶなんて、正気じゃない。しかも、それを何度も、何代も繰り返した。「背中に目玉のあるクワガタ」のために。


 何回も止めに行きました。部屋中、家中埋め尽くした飼育ケースと菌糸ビン……匂いもひどかったし、異常が出て死ぬ個体も多かったのか、死んだ目で一匹ずつチェックしてる様子も、まさに亡霊というか。大学にも入らずにあんなプロジェクトを始めて、二年目には俺も完全に見放して、SNSの更新も途切れがちになりました。でも、三年目の夏あたりに「安定してきました」って発表があったんです。


 たしかに、背中の羽に目玉みたいな模様がありました。もうほぼ縁切ってたんで、書き入れたのか本物だったのかは分かりません。でも、写真越しに、画面越しにこっちを睨むような……ものすごい怒りを感じる、真っ赤な目でした。あのクワガタ、あんな色は出ないと思うんで、俺は偽物だと……信じたい、ですね。




 それで、次にべむらーが言い出したこと、なんだったと思います? サイズが足りない、色味が弱い、……“これじゃ勝てない”。言ってる意味、分かりますか? 俺にはさっぱり。ただ、やり始めたことを見るに、『サイキョーカイザー』ってゲームみたいなあれ。本気で、カッコいい最強の虫を「造り」たかったんでしょうね。


 久々にあいつの家に行ったら、あいつはカブトムシも育て始めてまして。相手役としてなんだろうなと思ってたら、死んだのを埋めて木を育てたり、……もう言葉が出てこなくて。ぶん殴って止めようと思ったんですが、あいつが完全に正気を失くしてるようにしか見えなくて、目つきも。でも、SNSに挙げてる内容はまだ正気のそれだったんです。それがもう、怖くてたまらなくて。


 それからはもう、SNSの内容も地獄でしたよ。カブトムシに勝つまで戦わせてクワガタが死んだり、倒し方を教えたとかいってカブトムシを殺したり。こんなに炎上してたら少しはって思ったけど、ここにいる人たちは知らないんですよね? ほんと……バカなやつだなあ。


 経過報告は定期的に挙がってたんで、チェックしてたんです。でも、だんだんと内容が……というかクワガタの方が、常軌を逸した様子になっていったんですよ。あのクワガタ、全長で50ミリ超えないはずなのに、61から67、69になって74まで……。あ、人間の身長でいうと、そうですね……百七十くらいの両親から、二百五十くらいの子供が生まれた感じだと思ってください。そのくらい、おかしいんですよ。そんなこと起きないです。


 それで、カブトムシの死に方もどんどん、ただ負けたって感じじゃなくなっていきました。俺はあれ、今でも演出だと思ってます。あんな……ライオンの噛み痕みたいなでたらめな大きさの傷なんて、クワガタには作れませんから。すぐ後の「指を粉砕骨折しました」とかも、演出だと思ってます。でもなきゃあ、あれが本物ってことになる……。


 それから一回だけ、SNSの更新がありました。「ついに完成しました」って文章と、バカみたいな大きさの、たぶん合成の写真。キーボードより大きいなんて、あり得ないじゃないですか。そんなのもう、虫じゃないですよ。マッドサイエンティストですらない、あいつにはそんなことできる科学力も何もないのに。それに……あの目。怒りと憎しみで濁りきった、殺意そのものって言っても誰も疑問に思わないくらいの、真っ赤な目。いや、目じゃなくて背中の模様なのに……こっちを見てるって、いつの間にか確信してました。


 連絡先が入ってたせいか、べむらーが死んだって報せが入ってきました。不審死だったから、そのころには知り合い程度になってた俺も疑われまして。取り調べって相当ウザいんだなって、はー。思い知りましたね。


 結局、死因になった傷が何の傷なのか分からなかったせいで、疑いは晴れました。警察の人ってぜんぜん詳しいこと教えてくれなくて、むしろ、あいつが何しようとしてたのかって根掘り葉掘り。これまで話したことをぜんぶ、俺の妄想まで含めて伝えましたよ。端末の中身見られるのはまーイヤだったけど、しょうがないですから。


 遺品整理は、近くのペットショップの人と、業者が共同でやってる……ところを、僕ともう一人、べむらーが仲良し扱いしてた二人と見学してました。化け物みたいなサイズのクワガタがいくらでも出てくるんですけど、プロには「ほとんど奇形だから殺さなきゃ」って哀しそうに言ってましたね。ほんっとに、もう……。めちゃくちゃに汚れた道具とか、庭じゅう埋め尽くすほどのカブト・クワガタの死骸。あんなの、虫好きじゃなくても怒りますよ。



 そこで、庭がもこっと動いて、何か赤黒いものが出てきました。



 どう見ても、あのクワガタの大あごの先っぽでした。でも……あそこが手のひらサイズだと、全長は700か800くらい……そんなのもう、虫じゃない。すぐ引っ込んでいって、あの家もすぐに取り壊して更地になったので、その後どうなったのかとかは知りません。家族の方とは知り合いじゃなかったので、葬式の案内も来ませんでした。


 遺品の中から出てきたノートがこれまたひどくて。「エドモン」っていうのが、どうやら彼の中だと「復讐」だかなんだかの意味らしくて。フランスの『巌窟王』だかいう古典が復讐を題材にしているそうで、主人公か何かの名前みたいですね。つまり、恨みや呪いを溜め込んだ化け物を生み出そうとしていた、ってことなんじゃないかと。


 でもね、いいこともあったんですよ。実は、死んだのはあいつ一人だけで、……あいつがおかしいだけだったんです。あいつのために怒る人間も、あいつに手を貸す人間もいなかった。その後の目撃例もないし、オカルト研究会の人も、誰一人として「エドモンクワガタ」を知らなかった。


 あいつは失敗した。五年間かけて何も残せなかった。それを確認しに、ここに来たんですよ。まあね、何の意味もありませんからね……仕掛け人ひとり死んでおしまいなんて。だから皆さんも、半可通で思いつきの術なんて試しちゃあだめですよ。




 葬式で自分だけ泣く羽目になりますから。

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エドモンクワガタ 灯村秋夜(とうむら・しゅうや) @Nou8-Cal7a

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