第2話



 ――――素麺そうめんって最強の食べ物じゃなかろうか。


 と、かれこれ連続5日目の素麺をすする俺の脳裏にそんな説が提起される。

 食欲が著しく落ちる夏でもツルッと食べれるし、保存も効く。値段もある程度味を妥協すれば安価で手に入る。

 なにより大した手間なく、そして失敗なく作れるので1人暮らしにはもってこいの食べ物だ。


 そう、この春から大学進学を機に家を追い出され……もといマンションで1人暮らしを始めた俺は、1人暮らし4ヶ月で早くも心理に辿り着いてしまっていた。


「けどさすがに飽きてきたな……。バイト代も入ったしちょっと良いモノでも食べようかね」


 盆休みが明け8月も残り10日程となった時分。

 大学は9月の半ばからなので、夏休みはまだまだたっぷりある。先日まで短期バイトで稼いだ金で豪遊するつもりだったが、まずは食欲を満たすのも良いかもしれない。


「あとは新しい服買って……スマホの機種変するのも良いな……」


 とお金の使い道に思いを馳せていると、


 ――――ピーンポーン。


 不意にインターホンが鳴らされた。


「ん、こんな時間に客とは珍しいな……」


 チュルッと、勢いよくすすって呟く。

 平日の昼下がり。

 もちろん何も珍しくないが、なんとなく有名なネットスラングの言葉を口にしながら俺は立ち上がる。

 いったい誰だろう? 

 宗教の勧誘、あるいは新聞の売り込み、はたまたピンポンダッシュか? などと短い廊下を歩く間に可能性を挙げていく。ロクな可能性ねーな。


「って、どちら様だ?」


 勧誘の類だったら居留守を決め込んでやろう。そう思ってドアスコープを覗いたら、ドアの向こうには1人の女性が立っていた。

 スコープ越しだから正確にはわからないが、装飾のない夏らしいシンプルな白のワンピースを身に纏っている。顔はデカい麦わら帽子のツバで見えない。

 たしか勧誘……特に宗教系は2人組で来るのが定石だっけ? なら一応出ても大丈夫か……。


 ――――ピーンポーン。


「あ、あぁはいはい、今出ます」


 逡巡している内に2度目のインターホン。

 反射的に返事をしてドアを開けると、ドアスコープから見た通りの姿をした女性がいた。


 肉眼でみると先ほどより、さらに詳細な情報が得られる。

 まず、彼女の手元だ。

 先刻は気付かなかったが、女性の手にはM……否。Lサイズと思しきキャリーケースの持ち手が握られていた。

 そして何より、


「お前は……っ」


 麦わら帽で隠されていたそのご尊顔を捉えた俺は、思わず息を詰まらせた。

 パッチリとした二重。

 形の整った鼻梁に、一流の画家が引いたかのように綺麗な朱唇はいやらしくない程度に口角を上げて微笑んでいる。

 俺はこの女性を知っている。

 そして俺が辿り着いた答えを合わせるかのように、彼女は大きな麦わら帽を取って、ピンクオレンジのミディアムヘアーを露わにした。


「お久しぶりです。センパイ」


 にぱぁと、微笑んだ来訪者は、俺の高校時代の後輩。如月きさらぎみおだった。



 **********



「いったいどういうことだよ!?」


 突然やってきた如月を、とりあえず家に上げた俺が真っ先に行ったのは、実家で暮らしている妹“千種久留美くるみ”への電話だった。

 意図せず如月に零してしまった「どうして如月がここに?」という疑問に対して、紡がれた彼女の回答が「久留美ちゃんに教えてもらったんです」だったからだ。


 5コール。

 長い時間をかけて出た妹に開口一番言い放つ。

 

『え、なになに? 何がどういうことなの?』


 俺の言葉に遅ればせながら電子音が掛かった戸惑いの返事が返される。

 もちろん久留美からすれば、いきなり正体不明の怒号に眉根を寄せるのは必然。

 されど俺は感情任せにまずは1言言わずにはいれなかった。


「如月が俺の家に来て、聞けばお前に教えてもらったっていうじゃないか!」

『あ! 澪さんお兄ちゃん家着いたんだぁ。アタシの説明で分からなかったら案内しようと思ってたんだよね』

「もしもーし久留美ちゃーん。ちゃんと着いたよー」


 と、スピーカーだったから久留美の声を聞きつけた如月が会話に割り込んできた。

 悠々とパーソナルスペースを越えて、肩が触れるくらいまで距離を詰められる。なんで女子って男からグイグイ行くとキモがる癖に、自分たちからだと距離感に無頓着になるんだよ。


「センパイのくせに良い所に住んでるね」

『ですよねー』


 気づけばスマホの持ち主である俺を差し置いて久留美と如月だけで会話が進んでいく。あと余計なお世話である。久留美も同意すんな。

 このままだと埒があかないので、俺はスマホを持ったまま立ち上がった。

 如月には手でステイと制し、キッチンの方に向かって距離を取る。


「色々聞きたいことはあるが……まず、なんでお前が如月と知り合いなんだよ?」

『あれっ、言ってなかった? アタシ、サッカー部のマネージャーだよ』

「初耳だな。GWとか盆に帰省した時とか言うタイミングあっただろ……」

『むしろアタシの方が驚いたよ!』

「は?」

『初めて話した時澪さん、お兄ちゃんのこと知っててさ。最初はシャコージレーだと思ってたのに、いやぁ……まさかホントにお兄ちゃんと面識あったなんて……』

「選手とマネージャーだから面識くらいあるだろ」

『万年補欠だったのに選手って……ククッ』


 コイツ、人が気にしてたこと笑いやがって。次帰った時覚えとけよ……。

 あとちゃんとスタメンで試合出た時あるから、万年じゃねーし。


「で、なんで如月が俺の家に来たんだ? なんか旅行にでも行くみたいでデカいキャリーケース持ってるが」

『旅行? 違う違う』


 漠然と俺が考えていた予想をサラッと否定する久留美は、その電子音混じりの声色でサラッと爆弾発言を投下しやがった。


『――――しばらくの間、澪さんもお兄ちゃん家で暮らすんだよ』


 妹の言葉に俺は己が耳を疑った。



【あとがき】


 拙作をお読み頂きありがとうございます。

 面白そう、続きを読んでみたいと思って頂ければ評価応援、感想など頂ければ幸いです。(☆1つでも是非……)

 非常に励みになります!


 現在、本作はカクヨムコン11に参加中。よろしければ評価のほどして頂ければ、狂喜乱舞します。

 明日は19時40分ごろに投稿予定です!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る