俺にだけ本性を見せる八方美人な後輩が、勉強見て欲しいと転がり込んできた件

夜々

第1章

第1話【プロローグ:門出】


「あ、やっと来た。センパイ遅いですよぉ」


 出逢いと別れの季節――――春。

 先週までの雨が嘘のように止んだ快晴の空の下、20分後には約300名の修学と新たなる門出を祝う卒業式が開かれる。


 式の主役である3年生たちの入場は最後のため、それぞれ高校最後の年を過ごしたホームルームで、残り僅かな時間アディショナルタイムを堪能していた。


 男子たちは「これからは社畜かぁ」だの「1人暮らしするから、毎週来いよ!」だの良くも悪くも未来に想いを馳せる連中が大半。

 一方で女子たちはこの高校で過ごした3年間の思い出に浸り、式もまだだというのに既に目に涙を浮かべる者すらチラホラ。


「さぁ! もうすぐ貴方あなたたちの入場よ。トイレ行きたい人は今の内に行って、準備できた人は体育館前に向かって。あなたたち2組は1組の後ろにくっつくように並んでね」


 何の巡り合わせか3年間ずっと担任だった四十路の女教師が、指示を言い渡す。

 緩慢な動きで廊下に出て行くクラスメイトたち。

 その波を縫い抜け出した、俺こと“千種ちぐさ悠真ゆうまが、先ほどLINEで送られたメッセージの指示通りの場所に向かうと、開口一番放たれたのが先の言葉である。


「これでもやれるだけ飛ばして来た結果だっつーの」


 俺を呼びだしのは1つ年下の後輩の女子だった。

 緩くカールの掛かった、肩まで伸びたピンクオレンジの髪。

 ぱっちりとした大きな二重の目は彼女の自信が滲み出た、自分が“可愛い”と理解している表情。

 いつもはブレザーの前を開け、程よく着崩しているが今日はきっちと着こなしている。そのせいでただでさえ華奢な身体のラインがくっきとし、服越しだと言うのに淡くクビレができていた。


「そ・れ・で・も、ですよ。私が来てって行ったら5分以内に来てください」

「んな無茶言うなよ……」


 あざとい声色とは裏腹に紡がれたパワハラ発言。もしかして俺、これからカツアゲとかパシラされるんじゃなかろうか。

 片や我が校指折りの可愛い女子。肩や優れないどこにでも居そうな男子高生。たぶん警察に訴えても俺が負ける。

 それくらい接点がなさそうな俺と彼女――――“如月きさらぎみお”は見た目通り、大した関係ではない。

 人数の多いサッカー部の、いち控え選手とマネージャー。ただ知人程度には会話するくらい個人として認識はしている。その程度である。


「で、誰もいない校舎の端こんな所に呼び出して何だよ? もう式始まるし手短に済まさないとヤバいだろ」

「センパイ、何か挙動不審ですよ? もしかしてぇ、私に“告白”されるかもってソワソワしてます?」

「し、しししてねぇよ!」


 嘘です。ちょっとばかりしてました。

 甘ったるい声色と蠱惑的な表情でからかってくる如月の言葉に、胸中で零した本音とは真逆の言葉で反抗する。

 いやこのシチュエーションだったら誰もするだろ。如月に想い人がいるのは部活内で周知だ知ってるが、勘違いしてしまうモノはしてしまう。


「あははは、センパイ滅茶苦茶焦ってるじゃないですか」

「うっせぇ。早く用件言え」


 もう忘れてくれ。そんな気持ちを込めて投げやりに話を変える。


「別に大した用ではないんですけど……強いて言うなら、お別れの挨拶です」

「挨拶?」

「はい。だってセンパイ、卒業式終わったあとの部活の送別会行きませんよね?」

「……………………」

「行きませんよね?」

「…………はい」


 誰にも言ってなかったのに、何故か俺の心の内が如月にバレていた。

 うん。だってチームメイトとして話はするけどプライベートで仲良い奴なんていなかったし……できなかったし……。


「どーせセンパイのことだから“3年生20人いるし、1人くらいいなくてもバレないだろ”とか、“主役はレギュラーメンバーだから”とか思ってるんでしょ」

「なんでお前は俺の心を読めるんだよ」


 この子俺の分かり手過ぎて怖い。

 肯定すると彼女は一瞬顔を強張らせたが、その後不敵な微笑みを浮かべる。

 

「ホントにバックレる気だったんですね……。はぁ……まぁ、呼び出して正解ってことにしておきましょう」


 なにやら勝手に落胆して勝手に納得すると、如月が俺との距離を縮めて、こちらの胸元へとそのしなやかな手を伸ばした。


「ちょ、何して――――」

「すぐ終わりますから動かないでください」

「……………………」

「他の先輩方と違って、今日センパイと会えるタイミングはここだけですから、しっかり挨拶しとかないとって思ってたんです」

「いつもあざといキャラ作ってる癖にそういう所は真面目なんだな」

「こう言うことするのセンパイだけですからね」

「前言撤回。やっぱあざといはお前」


 そんな軽口の応酬を続けていると、「よしっ」と満足そうな声と共に如月が俺の胸元から手を離した。

 いったい何をしてたのだろう。

 視線を落とすと、先刻ホームルームで付けた青色の花飾りコサージュの花びらがピンクと黄色、青の3色バージョンへとすり替えられていた。

 

「なんだこれカラフルになってるぞ」

「私からの卒業祝いのお花ですよ」


 そう言った後輩の手には、本来俺が付けていた青色のコサージュが収まっている。

 

「センパイは地味メンですからね。これくらい派手なモノつけないとバランス取れませんよ」

「余計なお世話だ。よ返せ」

「やでーす」


 と、如月はブレザーの胸ポケットに仕舞ってしまった。くっ、よりにもよって1番触りずらい場所に仕舞やがって……。

 はぁ……もういいや。どうせ俺のコサージュが他の奴らよりカラフルなんて誰も気に留めないだろうし。


 すると俺が諦めた事を察したであろう如月が、コホンッと咳払いして調子を整え、真面目な表情を作る。自然と俺まで表情筋が締まる。

 ホント顔が良い奴はズルい。表情1つで空気を変えてしまうのだから。


「千種センパイ。3年間お疲れさまでした」

「おう。お前とは何だかんだ1年と少しくらいの付き合いだったが、それなりに楽しかったよ」

「私もセンパイとこんな風に話せて、楽しかったこともないこともないです」

「なんか締まらない言葉だな」


 まぁ、実際俺と如月の関係なんてそんなもんだ。無くてもなんら支障なくて、あったらまぁ暇潰しになる。そんくらいの希薄にして緩い、だからこそ他人事として色々話せた、そんな関係だ。


「あんま頼りにならないだろうけど、何かあったら気軽に頼ってくれよ」

「はい! その時は遠慮なく使わ……頼らせていただきますね」


 そんなお決まりの常套句を口にすると、これまた心地の良いお手本のような返事を返される。


 きっと言葉に反して、俺と彼女が2度と会うことは……ともすれば連絡の1つすら取ることはないだろう。

 俺は進学して新しい環境に。

 如月も新3年生として新たな人生を歩む。

 人間関係は更新され、古くなった繋がりは自覚なくフェードアウトしていく。

 だからコレは如月……“常に打算的な思考の下、あざといキャラを演じ続ける”曲者後輩との今生の別れだ。


「じゃあな如月。卒業式、遅れるなよ」

「はい、さようならです。千種センパイ」


 その言葉を最後に、彼女が見せたとびきりの笑顔を脳裏に焼き付けた俺は、踵を返し卒業式が行われる体育館へと向かう。










 まさか彼女――――如月澪と思いもよらない再会をすることを、当時の俺は知る由もない。 



【あとがき】


 拙作をお読み頂きありがとうございます。

 面白そう、続きを読んでみたいと思って頂ければ評価応援、感想など頂ければ幸いです。(☆1つでも是非……)

 非常に励みになります!


 ついに始まりました、“カクヨムコンテスト11”!

 今回は本作をできる限り毎日投稿していく所存ですので、何卒ご拝読! 評価! フォローなどよろしくお願い致します!


 明日は19時40分ごろに投稿予定です!


 また同時に、拙作“逃がしませんよ、センパイ”もカクコンに参加していますので、そちらの方もよろしくお願いします。

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