第25話

「ランテック君……」


「やあ、マヌスさん。ねえさんも」


 丘の上で伸びをしながら、軽いノリで挨拶。

 茜色に照らされる荒野を気持ちよさそうに眺めながら、一緒に見ようと手招きする。


「綺麗だよね。なにもないはずなのに、見てるこっちが満たされていく気分になる」


「……あぁ、そうだね。わたしもこの景色は好きかもしれないよ」


「ふふふ、マヌスさんならそう言ってくれると思ってた」


「おやおや、随分と信頼されたもんだ」


「マヌスさんと僕の感性って似てると思うんだ」


「まだ出会ってほんのちょっとなのに、そこまで言われると悪い気はしないね」


「……ランテック、アナタ」


「ねえさんは、こういうの嫌い?」


「私は、少し……」


「そっか、つくづくねえさんの好みを外しちゃうね、僕って」


「そ、そんな! いいのよアナタはアナタの好きなことを……」


「割り込むようで申し訳ない。ランテック君、さっきわたしがフレデグンドさんと話してたこと、聞いてたね」


「聞いてたね」


「盗み聞きはよくないなあ」


「アハハ、そうだね」


「……聞いていてどうだった?」


「どうって?」


「君は、フレデグンドさんの気持ちを初めて聞いたはずだ」


「……う~ん、特になにも」


「本当に? フレデグンドさんに、君のお姉さんになにか言いたいことはないのかい?」


「そうだなあ」


 ランテックはフレデグンドに視線を向ける。

 虚無的とも、禅的とも言える眼に映る姉の姿は怯えていた。

 脳で言葉を処理している。

 どんな言葉で言い表せばいいか、ぼんやりと悩み、


「もう苦しまなくていいと思う」


「ランテック……」


「でも、もっと苦しんでもいいと思う」


「────ッ」


「好きにしていい。ねえさんがどちらを選んでも、僕はかまわない。僕はずっと、ねえさんの味方だ」


 その言葉はフレデグンドにとって呪いか、それともゆるしか。


「リーベルねえさんが前に言ってた。お前は変な子供だ。普通じゃないって。きっとその通りなんだと思う。僕はきっと普通じゃない。だからいちいち小難しい言い回しをしたりとか、難しい本を読んだりして、世界をもっと難しく考えちゃう。そう考えないと、世界を直視できなかったから」


「……そう」


「だから、わからないんだ。ねえさんが気に入る言葉とか、どうすれば傷つかずにすむのかとか、考えても変なことばっかり言っちゃう。ノンデリカシーって言うんだっけ? こういうの」


「ランテック、アナタは変な子じゃない。そもそも、私はアナタのご両親を……」


「もしも僕が生まれていなければ、それか僕ではない”別の僕"が生まれていれば、こんなことにはならなかったかもしれない」


 突如、自分の存在を否定する。


「でもきっとそれはありえないんだろうね。僕とねえさんは、良くも悪くも出会う運命にあったんだと思う。きっとそれは避けられないことだったんだ」


 小難しい話。

 本当の意味で彼と向き合うため、フレデグンドは理解しようと努めた。

 彼がなにを言いたいのか、なにを伝えようとしているのか必死になって向き合おうとした。


 だが、心はそうでも彼女の感性がそれを否定し続ける。

 真剣になればなるほどに、ランテックを理解不能な変人としか見れなかった。

 罪悪感からなる恐怖とは違う、理解不能なものに向ける恐怖が上乗せされていく。


「ごめんよねえさん。僕、こういう話しかできないんだ」


「違う。違う、違うッ!」


「いいよ。僕のありのままなんて、認めなくていい」


「ごめんなさい……全部、私が、悪いのに……」


「ねえさん、大丈夫。ねえさんはちゃんと僕を愛してくれてた。そのうえで、僕をここまで育ててくれた。これだけでも十分幸せすぎることだよ。だから、間違っちゃいない。ねえさんもリーベルねえさんも、僕の中身のことを意味不明だって認められないのは、むしろまともな反応。当然の帰結。僕がこんな風な人間だから、ねえさんたちを苦しめてきた。きっと僕はねえさんたちの人生にとっての敵……悪役だったんだ」


 夕日を背に、影に沈む顔はフレデグンドに向けて微笑んでいた。

 まるで詩の一節を口ずさむように、彼は自身を、一番の被害者である自分を、迷いなく悪役と言ってのけた。


 フレデグンドは言葉を失った。恨まれても仕方のない自分が、復讐されても仕方がない自分が、奇妙にも許されている。

 困惑と後悔で叫びそうになるのをこらえながら、ランテックにかける言葉を探していた。

 だが、見つからなかった────。


「姉様! ……貴様、ランテックゥゥゥゥ!!」


 突如、数人の部下を引き連れたリーベルがやってきた。

 ランテックの姿と、絶望の色をまとうフレデグンドの様子を察し、彼に敵意を向ける。


「……死にたいらしいな。いや、もういい。ここで殺してやる。姉様を苦しめる疫病神め!!」


「リーベルねえさん、……いいよ」


「あ、あ、や、やめて、やめなさい」


「姉様の厚意に甘え続けたにもかかわらず姉様を苦しめるその所業、万死に値する」


 もはや威厳も勢いも失ったフレデグンドの震える制止をすり抜け、ランテックが前に出る。

 彼に死への恐怖は一切見られなかった。

 

「お前のせいだ……お前が来てから、姉様は変わった。姉様はな、最強の魔導士なんだ。無双の存在として歴史に名を残す偉大な御方なんだ! お前如きに……お前如きにぃ!」


 ランテックは言い返さない。

 数歩進んで、立ち止まり、ジッとリーベルを見据える。

 リーベルが襲い掛かろうとしたそのとき、


「待ってくれ」


 マヌスがランテックを守るように前へ出た。


「客人、どいてくれ。これは我々身内の問題だ」


「すまないね。でも、彼はわたしのなんだ。殺さないでほしい」


「マヌスさん……」


 ランテックが静かに驚く。

 

「はっ、友達だと? 昨日今日出会ったばかりの貴様がか!?」


「不可思議かもしれない。でも、実際わたしは彼のことをもう友達だと思ってしまってる。どうしようもない。だから、殺さないでくれ」


「……条件がある」


「なにか?」


「私と勝負しろ」


「まいったな。一騎打ちか」


「お前、その腰につけているのは銃だな? よろしい。早撃ちで勝負だ」


 得意げに腰のホルスターと黄金色の銃を見せつける。


「どうした? ビビったか?」


「いいでしょう」


「マヌスさん! ダメです! アナタが私たちのことで……ッ!」


「大丈夫です。任せてください」


「ふん、パンピーが強がりを……。よし、ハンデをやろう。私は1発しか撃たない。お前は2発連続で撃っていいぞ。もっとも、撃つ暇があればの話だがな」


「……受けて立つ」


 ふたりの早撃ち勝負が始まった。

 

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他人の思い出の中に入れるので、これで浮気調査や物探しをやってます 支倉文度@【魔剣使いの元少年兵書籍化&コ @gbrel57

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