第24話

「マヌスさん、どうもありがとうございました」


「わたしの成果じゃあない。すべてはランテック君の……」


「いえ、アナタのような大人が一緒にいてくれたこそです。それと、あの子と仲良くしていただいて」


「恐縮です」


 時刻は夕方。

 調査もひと通り進み、続きは明日へと持ち越された。

 宿への帰り道に、フレデグンドに声をかけられ、閑散とした酒場の一席で一緒となる。


「彼は知見も深く、ユニークな少年だ。一緒に行動出来てとても楽しかった」


「そうですか。……変、ではありませんでしたか? 失礼な物言いとか小難しい話し方をしたとか」


「……さぁ、わたしは特に気になりませんでしたが」


 妙にソワソワしていた。

 

「あの子、自分のことをなにか話したりは……」


「小さいころ、戦場でアナタに拾われたと言っていましたが」


「……ッ、そうですか」


「失礼、本来人様の事情をみだりに聞いたりするなど……」


「いえ、いいんです! ただ、こうなるだろうなって、思って……」


「話が見えませんね。もしもよろしければ、話を聞かせてはいただけませんか? 無論、これはただの余計な好奇心からです。アナタに対して強要もできないし、その権利すらありません」


「いえ、話させてください。……なんだか、不思議な気分なのです。私がアナタと出会い、アナタがランテックと出会ってしまった。きっと神の思し召しなのかもしれません。聞いてくださいますか?────私の『罪』を」


「守秘義務は、守ります」 


 始まりは10年以上前に勃発した『ヴルズム戦役』。

 マヌスも従軍していたので、覚えがあった。

 かなり広域に戦火が及んだので、互いに別の戦場だったのだろう。


「あの子を拾ったのは戦場。場所は麦畑が広がっていた田舎町だった瓦礫の山でした。そうなる前は本当に綺麗な場所だったそうです。でも、当時の私にはその価値がわからなかった」


「と、言いますと?」


「アナタは私の異名をご存じ?」


「サンドリヨン妃の再来、と耳にしています」


「そう、でもどうしようもないほどにスリルと名声に憧れていました。そう讃えられる才能をもっと活かしたいって、色んな戦場を駆けまわったものです。私の手で破壊されていく敵や土地を見ては、自己陶酔を覚えていました。当然、その中には守るべき人もいたのでしょう」


 戦場で力を振るうたび、存在してはならない犠牲もあった。

 だが、彼女なしに攻略できない局面があったため、それらは不問。

 歴史から抹消される。実際その現場を目にしてもなんの感慨もわかなかったらしい。


「そこで、ランテック君と出会ったと? ほお、戦場で華々しい成果を上げる魔導士が、子育てに目覚める。……結構なことじゃあないですか」


「────あの子のご両親を殺したのは、私なのです」


 一瞬、時間が凍り付いたような感覚に襲われるも、マヌスは息をのんで「どうぞ続けてください」とすすめる。


「まだ避難もすんでいないその町に、私は魔術を行使しました。それほどに敵の侵攻が巧妙だった。いつものように、得意げに私はその町を夜のうちに……」


「そこで、生き残ったランテック君を見つけた」


「明け方でしたかね。まだ幼いあの子と出会ったのは本当に偶然……。敵の生き残りがいれば始末しようと進んでいたとき、瓦礫の山からあの子の泣き声が聞こえて、見てみたら、身体が千切れたご両親の腕に抱かれて泣いていました。……そのとき初めて、己のやったことの恐ろしさを知ったのです。死体なんて見飽きるほどに見てきたはずなのに、私は震え上がったんです」


「そこからランテック君を引き取って……」


「私は怖くなりました。今までやってきたことすべてが、信じられなくなったんです。何度も悪夢にうなされて、まだ幼いあの子のふとした笑顔を見るたび、胸が苦しくなって……」


「それでも、彼を見捨てなかったんですね」


「私は殺戮者であり、卑怯者です。あの子を育てておきながら、あの子から逃げ続けている。今さらこんなことをしても償いにすらならないのはわかってる。でも、怖いんです……」


 戦場で突然芽生えた良心の呵責。

 戦場にて無双を誇った魔導士の彼女が、たったひとりの少年に怯えていた。

 フレデグンドの時間は今、ヴルズム戦役の名もなき田舎町で止まっている。

 

(……だから戦いから身を引いて、裏方にまわったのか)


「幻滅したでしょう。私のこと」


「さぁ? かく言うわたしも戦場帰りです。アナタのことを偉そうに説教できる立場にはない」


「でも、私は……」


「やめましょう。今のアナタは辛そうだ」


「え?」


 フレデグンドから流れる涙。

 マヌスは拭くように指の所作でうながす。

 これからもきっと、このどうにもならない過去を彼女は抱え生きていくのだろう。

 それに関して自分は関与できないとして、マヌスはフレデグンドの心が落ち着くのを待った。


 ようやく落ち着いただろうと、内心胸をなでおろしたとき、


「あっ!」


「君は、ランテック君……どうしてここに?」


 ランテックがいた。

 気配を感じなかったため、どのタイミングで現れたのかすらわからない。

 ランテックの表情を読み取ることは非常に困難だった。

 興味があるのかないのか、悲しんでいるのか怒っているのか。

 それともただボーっと見ていただけなのか。


 それらを気にする前に、ランテックは踵を返して外へ出ていった。


「あ、待ってくれ!」


「あ、ああ……」


「すみませんフレデグンドさん。ここでお待ちを!」


「い、い、いえ、行きます。行かせてください」


「……わかりました」


 ふたりはランテックを追いかけた。

 曲がり角の向こう側へ行ったのが見えた。

 そこは綺麗な夕日が伸びる荒野を拝める薄ら高い丘だった。

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