第2章:探し屋と愛なる奇跡

第5話

「お探しのもの、見つかりましたよ」


「ホントに? ありがとうございました!」


 失せもの探しも仕事のうちだ。

 今回は家のどこかに落としただろう指輪探し。


 最初は依頼主からの情報と物理的な捜索。

 それでも見つからなかったので能力を使用する。

 まだ新婚で新築のマイホームであることが幸いした。

 思い出の世界は初々しい。


(いつもはキチンとケースに入れていたのになくなっていた。だが窓際においておいたのが間違いだった。ほんの隙間から鳥が入り込んできて、わずかに開いていたケースを開けた。煌めく指輪を咥えて持ち帰ろうとした矢先、はいポトリと落としてしまった…………。事実は小説より奇なりとはこのことだな)


 依頼主である女性は大喜びし、報酬をマヌスへ渡す。

 結婚指輪とは別の高価な指輪だったそうで、夫やその家族にバレればタダではすまないと焦っていたらしい。

 

「このたびはご依頼ありがとうございます。今後とも『探し屋バトラキオン』をどうぞごひいきに」


 比較的経済的に余裕のある住宅区。

 閑静な並木道は散歩するにはちょうどいい。

 石畳に響く靴音と落ち葉を踏みしめる音を聞いていると、仕事の際の熱気がゆっくり冷めていくのを感じる。


 とはいえ、自分のような貧乏人がこれ以上歩きまわるのはやめたほうがよさそうだ。

 住み分けというのを重要視する住人は見かけぬ者を歓迎はしない。

 先ほどからチラチラと視線を向けられる。

 奇異なものを見る目、そして監視に近い鋭さをはらむ目。


 だがこれが普通だ。

 不満があるわけでもないし、こうみられることには慣れている。

 探偵、いや、探し屋というのは大抵うさんくさく見られがちだ。

 すくなくとも小説などで見かけるハードボイルドで誰からも信頼されている者などいないだろう。


 マヌスもそんな扱いを受けたいだなんて夢はみない。

 そういう夢ほど身体に悪いものだ。


(最近はこういうおとなしい依頼が多くて助かるよ。しかも今回は報酬にかなり色がついたしなぁ)

 

 人探しや失せもの探しはお手の物、これくらいはほかの探偵でもできる。

 だが荒事がからむことにもなれば、頼れる探偵は違ってくる。

 マヌスはどちらにも対応できるようには心がけているのだが、彼は基本的に荒事を恐れる。

 そのために事務所では定期的に手入れを行うことにしていた。


 事務所の奥の狭くほの暗い一室で彼は武器をテーブルに置く。

 なんてことはない、二挺の拳銃とサーベル。


 サーベルは小回りが利くように刀身は短めと言うだけで、どこにでもありふれ、誰にでも扱える量産型のもの。

 そして拳銃は長年の愛用ではあるが、弾込めや雷管の取り付けが面倒くさい。


 いわゆるパーカッションロック式シングルアクションリボルバーという回転式拳銃。

 弾切れを起こした際にすぐ交換できるよう、弾込め済みのシリンダーをいくつも用意している。

 今ローディングレバーで薬室へ弾ごと押し込んでいる魔導火薬なのだが、この独特な臭いは中々に慣れない。

  

 とはいえ、戦闘能力が秀でているわけでもない自分の身を守るにはこういう武器に頼らざるをえなかった。

 天才的な魔導士や超人的な戦士から見れば、マヌスなど一般人の枠でしかないだろうから。


 予備のシリンダーには6発、すぐ取り付けるシリンダーには5発。

 ホルスターに入れているときに、ちょっとした衝撃での暴発を防ぐために1発分空にしておく。


 サーベルも手入れが完了し、ひと休みしようと出たときだった。

 事務所のドアの前に誰かがいる。

 ふたりだ。ひとりは女、もうひとりは子供だろうか。


「……お客様ですか? どうぞお入りください」


「失礼します」


 珠のように澄んだ声とともに入ってきた白いローブの少年とお供の女騎士。

 丸みのあるヘアースタイルの金髪は目元を優しく隠し、のぞかせる碧眼の透き通る輝きは少年に一種の神秘さをまとわせる。


 ローブの下は弱弱しいほどにラインがほそく、ちょっとこづくだけでも倒れてしまいそうだ。

 対して女騎士のほうはというと話は別になる。


 由緒ある騎士のいでたちに、当世風のデザインを取り入れ、なおかつ色っぽさも兼ね備えた逸品。

 この時代に銃や小魔杖を持たず、剣のみを帯びているというのは、

 烈火の如き赤の髪と刀身じみた鋭い目つきに思わず冷や汗をかく。


「…………『探し屋バトラキオン』へようこそおいでくださいました。わたしは所長のマヌス・アートレータです。さぁどうぞお座りください。汚いところですが」


「いえ、そんな」


「若様。どうやら、ここも噂に聞いていたほどではなさそうです。とてもではありませんが若様の依頼をこなせるとは到底思えません」


「エネリ。……その、すみません。いきなり押しかけてきて、こんなことを言われたのでは……その」


「いえいえ、お気になさらず。慣れておりますので。……では、お話をお聞きいたしましょう。あ、コーヒーをお淹れしますね」


「結構だ。若様に下賤なものを口にさせるわけにはいかない」


「エネリ……」


「あらら、ずいぶんと嫌われてしまっているようだ。わかりました。スマートにいきましょう。……依頼内容をお願いできますでしょうか? えーっと」


「あぁ、僕はザナと言います。ザナ・ヴィントハイムです」


「ヴィントハイム! 《神の剣》と称される貴族騎士の家系の方じゃあありませんか」


「もう、昔の話です。今は教団の……」


「ん゛! ん゛ん゛ッ!!」


 エネリがわずらわしそうに咳払いをする。


「あ、えーっとですね。依頼なのですが、その教団の『聖女』の捜索をお頼みしたいのです」


「教団の、聖女様ですか?」


 ザナはエネリに頭が上がらないのか、彼女の咳払いと顔色に逐一ちくいちビクついていた。

 そんな彼からの依頼は『聖女探し』だ。

 ヴィントハイム家は聖女が所属する『アドヴェイテ教団』の出資者のひとつであり、その筆頭ともいえる。


 そういうこともあってか、ザナは聖女とも何度か関わりがあった。

 だが、1ヶ月前に彼女は行方不明になってしまったというのだ。


「お願いします。どうか彼女を……"聖女ウィカ"を見つけてください!」


 この依頼に、マヌスはこれ以上とない脅威を感じ取る。

 すなわち、荒事の気配だ。

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