第4話
そして次の日の朝、知り合いがいる医院へと足を運ぶ。
街の閑静な区画の端にある小さな建物だが、利用者からの評判はいい。
だからこそだが、いつも黒づくめの自分が行くことが気まずい。
(今日はほかの患者はいないみたいだ。待合室がガランだな)
そっとのぞいていると、
「朝は貸切だよ」
「ん?」
銀髪の褐色肌に銀縁メガネの女性が奥から顔を出す。
すぐに引っ込んで手でくるようジェスチャーしたあとまた奥へと行ってしまった。
「アンタ、いっつも居づらそうにしてるからさ。一般の診察は昼からにしたの」
「ありがとう。アイベリー」
アイベリーという名の女医は診察室、を通り過ぎて別室へと行く。
彼もそこへついていった。────隠し部屋だ。
「さ、検査するから服脱いで」
「わかってる。そんなに急かさないでくれ」
「いっつもギリギリの時間に来るくせに」
アイベリーの検査が始まった。
医学や魔導の知識がないため、これらの機具や魔導の薬がなにを意味するかはよくわからない。
そこは彼女を信頼している。
だからこそ…………。
「はい、検査終了。おつかれさま。検査結果はまた後日ね」
「すまないね。忙しいのに」
「なに? いつものことでしょ」
彼女は小さいころから頭もよく、器量もよし。
何度も助けられたし、仲良くしてくれたものだ。
この能力を気味悪がることなく受け入れてくれた。
────そして、この能力で窮地を救った第一号でもある。
「やっぱりまだまだわからないことが多いわ。ここより技術も知識もある病院とか研究機関なら進歩は見込めるだろうけど……」
「嫌だよ。魔導士連中になにされるかわかったもんじゃない。解剖とかね」
「それは偏見だと思うけど……まぁ、いいよ」
さまざまなシートにペンで数字を書き終えたあと、アイベリーはイスに座るよううながし、コーヒーを淹れてくれた。
「助かるよ」
「いえいえ、どういたしまして」
「それにしても君の研究室はいつみてもすごいな。目がチカチカする」
「でしょう? 魔導医師なら皆が憧れる隠し部屋の研究室だよ」
「偉くなったもんだよ。昔から君は要領がいいからなぁ」
昔を懐かしみながらのひととき。
「君がこの街に引っ越してきて、"アナタを手伝わせて"って言ってきたときは驚いたぞ」
「私だってアナタがこの街で探し屋やってるだなんて驚きだったよ」
「…………でも、いいのかい? わたしのためにこういう風なこと」
「ん? なにかマズい?」
「いや、マズいっていうか…………」
そう言いながらもマヌスは口をつぐんだ。
彼女は小首をかしげながら、そろそろ午後の準備をということで切り上げることになった。
待合室まで見送られたときだった。
「ママー! …………ぁ」
「エリー。ここに来ちゃダメっていつも言ってるでしょ」
「…………」
「エリー?」
入ってきた女の子がマヌスを見てかたまった。
アイベリーが抱っこするも娘の様子を怪訝に思う。
そして視線の先のマヌスをみて「あっ」と申し訳なさそうにした。
「ごめんね。普段は人見知りとかしないんだけど、最近怖い話聞いちゃったみたいでさ」
「あぁ、わたしが悪い人に見えたっていうことか。…………賢い娘さんだね」
マヌスはそそと出口まで向かう。
エリーはずっと彼を見ていたが、視線は合わせない。
マヌスが口をつぐんだ理由、それは彼女が既婚者であり二児の母であるということだ。
アイベリーの家は故郷ではかなり金持ちの部類。
魔導医師になりたいという夢を両親はこころよく受け入れ、背中を押してくれた。
その後、縁に恵まれて結婚をする。
相手は召使いを何人も抱えるほどの商家の男性という。
マヌスとは大違いだった。
だからこそ、こんな風に特別扱いを受けていいのだろうかと何度も葛藤している。
旦那のほうが自分のことなど知っているはずもない。
検査とは言え、ひそかにこうして昔馴染みの男とあってるだなんて、旦那はなんて思うだろう。
「マヌス!」
「ん? なんだい? 料金はさっき受付のところにおいたよ?」
「そうじゃないよ。なんか、その……」
「歯切れが悪いね。君らしくない」
「……私さ、これまでアナタになにも恩返しできなくて、その……」
「君は今、幸せかい?」
「え? まぁ、そうだね。こんな人生歩めるだなんて思ってなかったから…………」
「ならそれでいい。なにも負い目を感じる必要はない。なんだったら今日を最後にしてくれてもいいんだ」
「いやッ、それはッ!」
「まぁ、お互い、健康にね」
ひらひらと手を振りながらマヌスは昼食にありつこうと街中のカフェへと向かった。
この時間帯なら大好物のローストビーフサンドにありつけるだろう。
アイベリーとも小さいころによくかじりついていたものだ。
(ちょっと見ない間に、いろいろ変わるもんだな。わたしはなにも変わっていない。子供のころからずっと、この力に時間ごと囚われてるみたいだ)
アイベリーと、その娘を見たからだろうか。
ややおセンチな気分に浸りながら、いきつけのカフェで思い出を感じる味に
彼の懐かしむ眼差しはどこまでも続く空の向こう側へと吸い込まれていった。
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