第4話神嫁と陰陽師の末裔

「さて。ようやくゆっくり話ができる。」


 私の肩を掴んでいた手を離し、先程赤井さんが飲んでいたであろう紅茶を下げ始める。


「えーと…雪平さんだっけ?紅茶とコーヒーどっちがいい?」


 初めて名前を呼ばれて少しドキッとしながらも「えっと。紅茶で。」と答えると、ん。と短く返事をして久我さんはキッチンにいき電子ケトルに水を入れてお湯を沸かし、二人分のコップを用意し始める。

その様子を呆気に取られながら見ているうちにあっという間に久我さんの両手には紅茶とコーヒーが入ったマグカップがあった。

「?何突っ立ってんの?座ったら?」


そう言われて意識がハッとし、勧められるままに先程のソファーに久我さんと向かい合うように座った。


「さてと。正直、今雪平さんが困惑してるのは申し訳ないと思ってる。」


 先程入れてきたコーヒーを飲みながら久我さんは言った。しかし、そんな態度を取りながら謝罪されても真剣さが伝わるはずがないがとりあえずその場では「いえ。」と答えた。


「本題に入る前に質問だが、雪平さんは幽霊を信じたり、もしくは見たことはあるか?」

 その質問に私は思わず口を付けかけた紅茶を吹き出しそうになった。


「さっきも思ったのですが、宗教の勧誘なら私みたいな学生は勧誘しても無駄ですよ?」


「宗教?あー…。勘違いしないでくれ。これはそう言ったの質問ではない。俺は君の今の状態について確認したいだけだ。」

 そういう久我さんの様子はまるで病院で医者で私はその医者に問診されてるような感覚になった。


「…こんなことを普通の人に言っても信じてはもらえません。でも、久我さんがそう聞くならはっきりと答えます。私、小さい頃から見えるんです。」


 自分なりの答えを出すと「やっぱりな」と小さく言い久我さんは満足そうに笑った。ついさっきまで無表情やぶ仏頂面しか見なかったので少し得をしたような気分になった。


 そう。私は所謂「見える人」。自分がこの能力に気付いたのは小学校低学年の頃だった。霊自体はそれ以前から見えていて、もんな見えるものだと思っていた。しかし、そうじゃないと気付いてからは色々と手遅れだった。


 ある程度の年齢までなら「想像力豊かな子どもの話」で済まされるんだろうが、そのある程度の年齢から脱してしまうと周りは一気に「異物」扱いに転じるのだ。


「君が見えるのはカフェであった時になんとなく察していたし、さっきの依頼者の赤井さんを見た時の表情で確信したよ。君、見えてるだけじゃないだろ?」


 そうニヤリとした表情で私に聞いてきた。

「はい。見る以外にも聞こえるし、匂いも感じるし、触れることもできます。」


「成程。五感全てで霊を感じることができるのか。」


 久我さんは興味深そうに座った状態のまま体を前のめりににて私を舐め回すようにみた。


己の特異体質の話をした後にまじまじと、好奇心に満ちた目に見られるのは非常に気分が悪い。子どもの頃を思い出してしまう。そう思うと膝の上に置いてあった手に自然と握り、力が入る。


「すまない。見えるだけなら、聞こえるだけならとかなら割とどこにでもいるんだが、五感全てで霊を感じれるのは滅多にいない。それこそ高名な霊能力者とか、修行を重ねた坊さんでもない限り。」


「私の家は…まぁ…一般家庭ですよ。」

 自分の置かれてる家庭環境を思い返せばとても一般からかけ離れた家だが、ここでいちいち説明するのも面倒だ。


「…そうか。それなら尚更だな。」

 一瞬久我さんの雰囲気が変わったような気がした。どこかバツの悪そうな感じがした。


「君のその力は血縁からじゃないとなると、大凡ではあるが外部からの刺激だろうな。」


 久我さんは深く思案しながら私の体質について冷静に予想した。


「まず、君自身は特別修行した訳でも、家系的に払い屋とかの家系ではなさそうだ。

そうなると、消去法で残されるのは、生まれつき神や妖などの人外に取り憑かれてる。」


「取り憑かれてるって、そんなの分かるんですか??」

 

「見れば分かる。それに神に目をつけられてる人間には特有の印がある。」


「目印?」


「神経だ。体内にある神経から気が漏れ出てるんだよ。」

「…?どういう事ですか?」


ここまでの話を久我さんはきっと私にもわかりやすく簡単に説明してくれたのだろう。その証拠に専門用語や難しい言い回しはあまりなかった。


しかし、話のスケールの大きさや次元があまりにも私の脳では処理が追いつかず、疑問をぶつけてしまった。


しかしその疑問に久我さんは迷惑そうにする訳でも無く、あたりを見回して先程座っていたデスクまで行き、デスクの引き出しから紙とボールペンを取りに行き再度私の目の前に腰をかけた。


「いいか?俺らのような人間には人の気、分かりやすく言えばオーラがこういう風にみめる。」


 そう言って紙に簡単に人を描き、その人の周りを大きく取り囲むようにに炎のような絵を描き出した。


「これが一般的な人のオーラの見え方だが、目印のついた人は少し違う。」


 久我さんは先程描いた人のイラストの隣に新た簡易的な人を書き出すが、その人の周りには先程の人を大きく取り囲む程の炎ではなく、小さくコンパクトに人型を形どるような炎が描かれた。


「こうやって見るとオーラが小さく、俗に言う影の薄い人間と勘違いされやすいが、よくよく見ると、オーラが発せられてるのが普通の人より奥深く、更に目を凝らして見ると神経からオーラが出てるんだよ。」


 そいいうと、オーラの小さい人のイラストに細かい線を描き出した。


「なるほど…?」


説明の内容自体はイラスト付きの解説もあって分かりやすかったが、それをし信じるかはまた別問題。未だに話の内容を信じきれない私を見て久我さんは突如私の手を握ってきた。


「百聞は一見にしからず。これを見ればここまでの話を信じてくれるだろう。」


 手を握られた事に驚く暇もなく、久我さんは私の目に手を翳し何かブツブツ呟き…と言うか、唱え始めた。


 私は思わず怖くなり翳された目を強く瞑った。すると何かを唱え終えて、翳していた手とが退いた気配がしたが、未だにもう片方の手は握られたままだ。


「おい。目を開けてみろ。」


言われるがままに目を開けると目の前に居る久我さんの周りに青い炎の膜の様なものが猛々しく燃えてるのが見えた。


「何、これ…。」

 久我さんから視線を外し自分の手を見ると微かに炎の様な膜が覆ってるのが分かった。


 久我さんのと比べるとその炎は勢いも色もなく、猛暑のコンクリートの表面に出る陽炎にも見えた。


「見えたな。ならそのまま目を凝らして自分の手を見てみろ。」


 そう言われて自分の手を見つめた。

 するとゆらめく陽炎のせいで見えづらかったが、私に手には金色輝く蜘蛛の巣の様な線が見えた。手に浮かぶ蜘蛛の巣は生物の教科書とかで見たことある人間の神経や血管の様だった。



「金色…やっぱり神の類か。」



 久我さんがそう呟くと見えていた炎の膜はスッと消えてしまった。


「こ、これは一体どういう事ですか!?」

 目の前で起きた現実に戸惑う私を他所に久我さんは何かを確かめるかの様に手をグー、パーと動かしていた。


「単刀直入に言うと、君は神にえらく気に入られてる存在で、その証明が俺の【視覚共有】で見せた気の色と形だ。」


 そう久我さんはさっくりとした説明をした。


「いやいや!まだ他にあるでしょう!視覚共有!?なんですかそれ!?」


「あー。まだその辺の説明をしていなかったな。」



 勢いで問い詰める私とは対照的に先程入れたコーヒーを手にして飄々とした態度の久我さん。その態度に若干の苛立ちを覚える。


 時間が経ち冷め切ったであろうコーヒーを飲み干し、一息いれ久我さんは説明をし出した。


「俺のこの術は祖父と叔父から教わった。」

「お祖父さんと叔父さんに…?」


 神妙な雰囲気で説明する久我さんを見て私は静かに話を聞いた。


「俺の実家は大昔からあってそれなりに由緒正しい。そんな家に嫁いだ俺の母親はまた更に特殊な家の出で、大昔からの因習で久我の家に嫁いできた。」


「因習?」


「久我家自体は昔華族で現代でも久我製薬として栄えてる。俺の父親はそこの社長。」


「久我製薬ってあの有名企業じゃないですか!?」


「話を続けるぞ。」


 久我さんは私の反応を見てももう見飽きたと言わんばかりの反応をして説明を続けた。


「その久我の家に嫁いで来たのが俺の母親で現在久我尊くがみこと、旧姓を土御門尊つちみかどみこと。」


「土御門…?」

「祖先が安倍晴明の家の名前だよ。」

「安倍晴明…!?って言うことは久我さんのご先祖さまって……。」

「安倍晴明だよ。さっきの視覚共有の術も陰陽術の一種さ。」


 次々と出てくるビックネームの数々に呆気に取られている私を見て笑う久我さん。


「何笑ってるんですか…!?」

「いや…君の反応があまりにも馬鹿正直なもんだから…フフっ…。」

「なっ…!」


 笑う久我さんはどこか上品な雰囲気があると思うと同時に、知り合って間もない女子高生に対して失礼な人だなと思った。


「悪い。さて、話のつづきだ。そんな土御門家の娘が産んだのがこの俺な訳だが、俺の母親には弟がいてなそれがこの事務所の代表、土御門明つちみかどあきらだ。その父親で俺の祖父の土御門晴次つちみかどせいじ。この二人が俺の陰陽術の師匠だ。」



「ん?叔父さんの名前が土御門なのに事務所の名前は久我なんですね。」


「あぁ…。叔父さんが土御門だとからうちの両親にお願いして名前を借りてるんだよ。社会的にも久我製薬の関係企業になってる。」


「成程…。」

 イチ女子高生の自分には分からない事情なのかなと思いその場では納得しとくことにした。


「話を戻そう。さっき君が見たのは人のオーラだ。色や大きさ形状は人それぞれだが、君のオーラの金色は特別だ。」


「特別?」


「そうだ。その色を持つ持つ人間こそ神の嫁、神嫁として選ばれた証なんだ。」


「神嫁?」

聞きなれない単語に私は呆気にとられた。



「ちなみに、神嫁には男女関係なくなれるぞ。その辺は人外の価値観だ。俺ら人間の価値観に当て嵌めようとしない事だな。」


淡々と説明する久我さんとは対象的に、思考が追いついていない私。



「で、でも、そんな神様のお嫁さんに私が選ばれる理由が分かりません。特に何か出来るとかそう言う人間じゃありません。」


 一番の疑問を久我さんにぶつける。私みたいな平々凡々…よりも下にいるような人間にそんな大層な肩書きをもつ資質はないはずだ。



「神嫁に選ばれる条件っていう話なら、正直俺ら術師にも分からん。大昔の術師、俺の祖先もきっと調べていたと思う?」


 その答えにやり場のない悔しさが押し寄せてくる。訳もわからないのに自分は早々に寿命を迎える理不尽さに。


「条件は知らないが、共通点ならある。」

「なんですか…共通点って…。」

「お人好し。ただのお人好しじゃなくて、超がつく程のお人好し。」


 その言葉に私は思わずかつて友人の言葉を思い出し頭を抱えた。


「心当たりがあるって様子だな。」


「…前に友達に言われたんです…『人を疑う事をいい加減覚えろ!』『お人好しがすぎる』って。」


「だろうな。ここまで俺が落とした封書を持ってくるのは普通の奴ならいないな。」


 久我さんのその一言が私の心にグサリと刺さる音が聞こえたような気がした。


「で、ですよね〜。」


「ただ今回そのお陰で助かったのは事実だ。礼を言う。」


 そう言って軽く頭を下げる久我さんを見て驚いた。これまでのやや傍若無人な態度とは裏腹な素直な態度だからだ。


「お礼なんて…そんな…。」


 私の言葉に下げていた頭をあげ私の顔をじっと見る。

「なんですか…?」


 久我さんの綺麗な顔にまじまじ見られるのは心臓に悪い。


「いや。なんでもない。話を続ける。神嫁の寿命は先程も言いた通り通常よりもかなり短命だ。

大体二十歳そこらで死ぬ。」



「え?」



 

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