第03話 アマネの推薦状③


  ※※※※


 振り駒の結果、先手はサクラ、後手はアマネとなった。

 将棋において、最初に指すほうを先手と呼び、あとに指すほうを後手と呼ぶ。歩、と呼ばれる駒を5枚、コイントスのように振り投げて裏表の数でそれを決めるのがルールだ。

 サクラは盤の前で姿勢を正し、「よろしくお願いします」と頭を下げた。

 アマネも頭をぺこりと下げ、「よろしくお願いします」と言う。

 礼儀のひとつである。だが、サクラの心のなかではグツグツしたものがあった。

 …………きっとアマネちゃん、なにも分かってないんだ。だったら、分からせてあげる。

 そう思っていたのである。


 サクラの初手は▲7六歩。強力な駒である角の通行路を開く、最もオーソドックスな手のひとつである。

 それに対して、アマネの2手目は△8四歩。こちらは将棋における最強の駒、飛車の進路を敵陣に直接伸ばしていく手。

 …………アマネちゃん、居飛車党なんだ? いや陽動振り飛車の選択肢もまだあるかな? どっちにしても女の子にしては珍しいよね。

 と思った。

 説明しよう。将棋において最強の駒は、先ほど述べたように飛車である。ゆえに将棋における戦略は、この飛車をどう使うかによって大きく2つに分かれる。

 ひとつ目は、飛車を直接的にタテに使って敵陣への攻撃に使う「居飛車」。

 ふたつ目は、いったん飛車をヨコに動かし、居飛車からのカウンターと駒捌きを主に狙う「振り飛車」である。

 サクラは、

 …………今回は、この作戦にしておくかな。

 と思った。

 先手、6六歩。

 後手、3四歩。

 先手、6八飛。

 ここで飛車をヨコに振る。振り飛車、いわゆるノーマル四間飛車である。

 振り飛車は、飛車をどこまでヨコに動かすかで戦型が分かれていく。盤面の左端から2番目なら、敵の飛車と向かい合うので向かい飛車、3番目なら三間飛車、4番目なら四間飛車、そして5番目、つまり盤面の真ん中に振るなら、それは中飛車と呼ばれている。

 サクラが昔から得意としているのは、このうちノーマル四間飛車と呼ばれるものである。いちど7六歩と開いた角の通行路を6六歩と再び塞いで、比較的穏やかな将棋に進めていくがゆえに、ついた名前がノーマル四間飛車。

 戦型が大まかにきまったところで、アマネとサクラは序盤の駒組を粛々と進めていく。どんな形で玉を囲うのか、いつ敵に仕掛けるのか、最初から気の抜けない駆け引きが行なわれるのが将棋というゲームというものである。


 …………アマネちゃんとは初手合いだから、どういう傾向で来るかは分からない。玉を軽く囲って急戦で攻めてくるか、あるいかがっちりと囲って持久戦でくるか、どっちが好みなんだろう?

 こちらは両方来てもいいように、いくつかの重要な駒の動きを保留しながら、手広く構えていくしかないかな。

 少しだけ時間が経ったあと、アマネが指したのは持久戦志向の手であった。自玉を盤面の端の端まで運んでいき、固く囲った上で、残りの駒で細い攻めを繋ごうとするもの。

 いわゆる「居飛車穴熊」である。

 …………そっちかあ。

 サクラは少しだけ顎に手を当てて考える。振り飛車側の作戦は大きく分けて、やはり2つ。こちらも穴熊に組んで、互いにジリジリと刃を交えながら殴り合うか。それとも…………

 玉の囲いそのものを放棄して、相手の囲いが完成する前に端から強襲をかけてしまうか、である。

 …………素人相手にビビった作戦やってる場合じゃないよね!

 サクラは盤面の右から一列目、つまり端歩▲1六歩と突いた。強襲である。

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