第02話 アマネの推薦状②


  ※※※※


 アマネの話は、要約するとこういうことであった。

 彼女は幼いころ、いろいろな事情で検査入院ばかりの毎日を送っていたらしい。そんなとき、病棟に同い年くらいの女の子がいたのだ。

 そんな彼女から将棋を教わって、楽しかった。ずっと彼女と友達でいられると、勝手に思っていた。

 しかし、相手の女の子は退院してしまって、今はどこでなにをしているか分からない。もう十年以上も前の話だそうだ。

「だから、探してるの」

 とアマネは言った。

「…………それでアマネちゃんは、えっと、将棋で有名になれば見つけてもらえると思ってるってこと?」

 サクラがそう訊くと、「うん」とアマネは答えた。

「私が将棋でいちばん強いってみんなに分かってもらえたら、テレビに映れる。インターネットでも話題にしてもらえる。

 そうしたら、あの子が気づいてくれると思う」

 アマネはこともなげにそう言った。

 そんな様子に、サクラはなんとなくだが…………カチンときた。

「あのね、アマネちゃん」

 サクラは正座して、部屋にある将棋盤と駒箱を取り出した。

「将棋のこと、そんなに軽々しく言わないでほしいかな!」

「?」

「将棋はね、アマネちゃんが思ってるほど簡単なものじゃないよ。

 大勢の人が小さいころから修行して、小中学生のうちからアマチュアの全国大会で結果を残して、そういう子たちがプロの養成機関に入って、それでも年間でプロになれるのは数人だけ。

 だいたいの人は夢を叶えられなくて、将棋界を去っていく。

 プロになっても、待っているのは、いつ引退に追い込まれるか分からない勝ち負けの世界。そしてそんなプロのトップはただひとり、名人と呼ばれる棋士だけ。

 アマネちゃんは、将棋を気楽なテレビゲームかなんかだと勘違いしてるんじゃないかな!?」

 サクラは、だんだん自分の声が大きくなっていくのを感じていた。

 …………そうだよ、将棋は難しくて、厳しいんだ。だから私も苦しいし、私のお兄ちゃんだってもっと辛くって…………。

 そう思い出すと、言葉を止める気にはなれなかったのである。

 サクラは将棋盤の上に駒を並べ始めた。

「将棋に使う駒は自分と相手とので、合わせて40枚。互いにターン制で動かしてどんな盤面になるのかは、無限の可能性がある。

 おまけに持ち駒のルールがあるから、その可能性はさらに広がる。AIは人間よりも強くなったけど、そんな機械だって、まだ完全解析はできてない。

 何100年経っても、必勝法も攻略法も分かってない、そういうものなんだよ!」

 サクラはそこまで説明してから、思わずハッとなった。

「ご、ごめんねアマネちゃん。なんかムキになっちゃって…………」

「気にしてないよ?」

 アマネは首を傾げた。

「サクラが将棋に本気なのが分かったから、嬉しい」

 でもね、とアマネは言葉を繋いできた。

「私、軽々しく言ったつもりはないよ」


 次にアマネは駒をひとつひとつ手に取って「綺麗に手入れされてる…………」と呟いてから、また盤上の初期位置に戻していく。

「私が本気かどうかは、この将棋盤と駒が教えてくれる」

「えっ?」

「ここでサクラと勝負したら、私が強いって分かってもらえる。

 だって、勝てるから」

 アマネは真顔でそう言った。


 サクラにとって、これは流石にライン越えの発言であった。彼女は女流棋士二段。素人に負ける指し手では少なくとも、ない。


「分かった、いいよ?」

 サクラはアマネを睨む。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る