第5話 「アフリカに迫る影」
「モロッコ様、お茶でございます。」
メイドがミントティーを差し出した。
「あぁ、ご苦労だ。西サハラ。」
「西は余計です。」
「ははっ、つれないなぁ。」
「――そういえば、あのオスマン帝国が水死体で発見されたとか。」
「あぁ、そうらしいな。」
「”王権”の座が、一つ空きましたね。」
「……そうだな。」
ここは、アフリカ大陸。
ただただ広大なサバンナと砂漠が広がる、そんな場所だった。
とても、平和だった。
そこを形容するには、平和という言葉が一番だった。
今の今までは。
「オスマン帝国に仕えていた、チュニジア様やリビア様などの他のマグリブ達はどうなることでしょうね。」
「チュニスやタラーブルスはまだしも、問題はアルジェの野郎だろう。」
「アルジェリア様……ですか。」
「あぁ。彼奴は間抜けだ。役立たずだ。すぐに他の誰かさんに蹂躙されるさ。何だったら主人は俺でも良い。むしろ感謝されるべきだ。そうだろう、西サハラ?」
「……私は貴方様に蹂躙されているのです?」
「い、いやいや!そんなつもりで言ったんじゃない!!お前は俺に従順……俺の大事なメイドだぞ!!」
「えっち。」
「どういうことだ!?」
「独立しようかな。」
「やめておけ。」
「まぁ、それも含めて何も争いが起こらないのは、平和だな。今日も奇麗だよ、地中海は。マウレタニアの頃から、変わらず。」
窓のアトラス山脈には積雪が残っていた。
「確か、1階に飾ってあるカフタンもマウレタニアの頃の代物でしたよね?」
「あぁ。私の8代前の時代から受け継がれている 王族のカフタン だ。俺も着てみたいものだ。」
「今日、着てみてくださいよ。」
「無理だよ!あれは今の俺が着れるものじゃない。というかまだ着たくない。」
「え〜。」
「にしても、彼奴にマウレタニアの名を譲った時によくあのカフタンごと持っていかれなかったものだ。」
「ちょうどこの後、そのお方がお見えになられますよ。というか、もうそろそろ来るのでは?」
ドンドンドンドン
「おっ、噂をすれば。」
「物凄く慌てた様子の足音ですね。どうかしたのでしょうか。」
「さぁな?」
バタンッ!!
勢いよく扉が開かれる。
季節に似つかない汗だくのモーリタニアの姿があった。
「どうした、モーリタニア?そんなに急いで。俺、じゃなくて、私は逃げないぞ?」
「に……逃げてるんだよ、今まさに!!」
「はぁ??」
「カ……カフタンが!!1階の通路が突き破られてて、カフタンが無くなってるんだよ!!」
「……はぁ、?」
ガシャン!!
持っていたお盆を落としたそのメイドが一言、動揺を隠すように呟いた。
「おぉ……、由々しき事態ですね。」
悲鳴の前の静寂。
平和だったアフリカに、真っ青な地中海に、対岸から迫るいくつかの影は、既にもう走り去った後だった。
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