調査依頼

|その聞きなれた声に眠気で気色悪さと心地よさが同居している意識を再び立ち上げむっと、ゆっくり立ち上がる。


「あぁ...、おはようございます七瀬先輩」


 寝起きでボサボサの髪、へらぁとぎこちない笑顔をしながら、雨宮が先輩と語る人物は朝の挨拶をする。


「おはようございますって、今はもう16時だよ」


 あっ、と自分のミスに心の中で反応すると同時に体が少しピクッと動く。


「なんだぁー、お前からしたら今はまだ朝だったかぁー」


 七瀬先輩の言葉に岐曽部も便乗しだす。


「うるさい、悪かったね時間もわからなくて」


 雨宮は2人からの馬鹿にする雰囲気から少し不貞腐れる。


「ごめんごめん」


 相変わらずのテンションで謝罪する先輩だったが、しかしあっ、と突然思い出した先輩は後輩2人に何か言いたげなようだ。


「なんのことですか?」


 岐曽部は素早く質問する。


「そういえば、新しい依頼来るの知ってる?、所長が言ってたんだけど」


続けて質問する


「なんのことですか?」


「何のこと?って。あれだよ、アレ、うちのお得意芸」


 岐曽部は、すでに内容がわかっているような反応をする。


「あぁー、なるほど、そのことですか」

「お得意芸?」


 雨宮は喰い気味に反応する、どうやら2人だけの共通認識が気に食わないようだ。


「お得意芸ってあのことだよ」


 ただ岐曽部はあれとだけ言い、根本的なことは教えてくれない、まったく不親切な男だ。


「なんだよ、アレって」  


 もう1人の後輩岐曽部にもわかるように補足する。


「いつもうちが引き受けてる不倫調査のことだよ、ほんとっ君は察しが悪いね〜」


 少し呆れ気味の口調で、察しが悪い雨宮に語る。


「なるほどぉー...って、察しが悪いって馬鹿にしてるじゃないですか!!」


「ごめんごめん」



 ハハっと、とても面白い話を聞いたかのような、笑い声が事務所中に響き渡った。


 探偵で食ってるわりに、あまりにも察しが悪い後輩に面白さを感じたのか、それとも、雨宮の反応が面白かったのかは定かではないが、少なくとも先輩のツボには入ったようだ。



「それで、その依頼は誰が受けるんですか?」

「ふふふ、、、やっぱり君は面白いね、じゃなくてこの依頼を受けるのは...雨宮君、キミだよ」


 口角が上がり、腹の底から溢れてくる笑い、をなんとか抑え、本来伝えたかったことを雨宮に言い放った。


 雨宮はこの最近依頼がなかったので、嬉しさと困惑で、頭がいっぱいのままこの腹立たしい先輩に質問する。


「どうして、俺なんですか...?」

「どうして...って、そりゃ君以外に暇な人がいないんだもん。私は浮気調査で今も調査中だし、所長は所長で経理の仕事やってるからね、なんなら岐曽部君も最近仕事貰ってたよ?、でも君は今仕事してないよね、ねぇ雨宮君?」


まるで、容疑者に尋問するかのような雰囲気が先輩からしてくる。


「うっ...、痛いとこつきますね先輩」


 色々先輩には言いたいことがあるが、それをなんとか抑え、意思表示をする。


「いいでしょう、わかりましたその依頼受けます」


「ほんと!、たすかるー!」


 俺の回答を待ってましたと、言わんばかりに大げさに喜ぶ。


「そういえば先輩、その依頼の依頼者さんと次の相談はいつですか?」

「今からだよー。あと、言い忘れてたけど、対面だから急いでね」


てへっ、とかわいく首を傾ける、いやあんたもうアラサーに近いでしょ、、、いやその後の展開が火を見るよりもあきらかなので、この思いは自分の中にとどめておくことにしよう、それがいい。


あれ?でも、そういえばこの先輩普通にとんでもないこと言ってない?


「そうゆことはもっと早く言ってください!!」


思わず声を荒げてしまう、この__間違えた。先輩は何年社会人をやっているのだろうか...。


まさか、と予想もできなかった俺は、急いで暑くて開けていたシャツのボタンをパチ、パチと閉め、スーツのジャケットを大振りに回して羽織る。


スーツとスラックスはオッケー、あとは寝ぐせだな、ソファーで長く横になりすぎた。


急いで事務所の休憩室に行き、洗面台で変な方向に曲がった髪をいつもの髪型にする、これでよし。これなら対面でも少なくとも悪い印象は持たれないはずだ。

社会人は印象が大事!、所長もそう言ってた。


よし!。これで人前に出ても恥ずかしくないな。


休憩室からでて二人がいる所長室に戻ると、不意に窓の外が見えた、今の時間は午後6時もう夕方だ、淡い橙色がまだ青い空を少しずつ染めていくその様子がとてもきれいに感じた。

夏を感じると、昔のことを思い出す、子供のころは夏がとてもうれしかった、門限があったあの頃は、遊べる時間が増える夏が来るのがとても恋しかった、まあ思い出す夏の思い出は、気持ちいい風が外から中へ吹き込む風が流れる縁側でよむ児童文学だが。


そんなことを考えていると、ふいにピンポーンと音が鳴る。


おそらく依頼者だ、緊張する気持ちを押さへ足早に玄関口へ向かう


すいませーん、夫のことで相談しに来た柚木です。


どうやら入ってきたようだ。


依頼者へは笑顔で反応する、探偵の掟だ。(まぁ俺が勝手に考えたのだが)


足場やに柚木さんの元へ向かい軽い自己紹介をする


「初めまして、今回柚木さんの依頼を担当させていただく雨宮と申します」


「いえいえ、ご丁寧にどうもありがとうございます」


柚木さんは、小柄で優しそうな印象を受けるかわいい女性だった、柚木さんは柔らかな笑みで私の顔を見つめる。


「長話もなんですし部屋を移しましょう。」


「ありがとうございます」


ぺこり、と軽めのお辞儀をした柚木さんを応談室へ案内する


「どうぞお座り下さい」


そういって柚木さんを革製のソファーに座るように促す


「ありがとうございます」


「それで早速ですが。今回の依頼について既にそちらの事務所に連絡したのですが、ご存知でしょうか?」

「はい、すでに先輩から存じ上げております、今回は旦那さんの不倫調査についてでしたよね」


「はい...、その通りです」


少し言葉が詰まる、どこか思うところがあるのだろう、まぁそれもそうか結婚までしたのにその結婚相手が不倫してたら...と思うとそりゃあ、気が気でないはず。


「それで、今回不倫についてお聞きしたいことがあるんですけどよろしいでしょうか?」

「えぇもちろんです。」

「では今回、旦那さんが不倫したと思った理由を教えていただけますでしょうか?」

「はい、最初は夫がお風呂に入っているときにソファーにロックが解除されたままスマホが置いてあるのを見たんです...」

「そこには、と書いてあるおそらく女性と思われる人の連絡先がありました...」


少しまぶたには涙を浮かべている、相当ショックだっただろうと容易に予想できる。


「なるほど、それで柚木さんが不倫相手だと思った理由や証拠などはありますでしょうか?」

「証拠ですか?、画面を直撮りしたものでよいなら」

「えぇ、構いませんよ」


できるだけ依頼主が安心できるように自分ができる限りの笑顔で話す。

(にこやかにそして冷静に、できるだけ依頼主を刺激しないようにしなければ)



配偶者がいない時に相手の目を盗んでスマホの中身をのぞくと浮気相手の連絡先があるよくある話だ、そこから探偵に調査を依頼すると証拠がぼろぼろ出てくる。


「そうですか...わかりました、それでは私たちは旦那さんの身辺調査と証拠集めでよろしいでしょうか?」

「はい、お願いします」

「ちなみに期間はどの程度でしょうか?」

「1ヶ月で、お願いします」


1ヶ月、基本的には浮気調査は2週間程度で終わるものだが、たまにこういった長期での調査もあったりはする。


「なるほど、長いですね、ちなみに理由を聞かせてもらえることは可能でしょうか?」


始めての長期調査の依頼だったので、思わず口を開いてしまう。


「確実に裁判で勝ちたいので」


短い言葉だったがそこには強い柚木さんの遺志を感じた、俺も柚木さんの思いに応えられるようにならなくては。


「なるほど、わかりました、では今から契約書を持ってくるのでしばらくお待ちください」


柚木さんにそう告げ一度応談室を出て右手にある事務スペースにある書類各種が入っている棚を目指す。


(契約書が入ってる引き出しはどれだったけな...)

「おっ、あったあった」


紙がぎゅうぎゅうに詰められているからか、引き出しにくい。右手に力を加えて引き出しを無理やりスライドさせる、ボックス型のA4レターケースから契約書を取り出し、ついでに契約内容を記録するための事務用ノートパソコンを持って、応談室へ向かう。


つけていた腕時計を見るとすでに10分は経過していたようだ。


(柚木さんには申し訳ないな)


そんな気持ちを抱えながら応談室に戻る。


「すいません、遅れてしました、こちらが今回の契約書です契約内容と金額を確認の上良ければサインをお願いします。」


「いえいえ、とんでもない、ちなみに金額の方は...?」

「柚木さんの依頼内容だとこのぐらいですね」


そう言い、柚木さんの目の前にパソコンの画面を差し出す。

そこに書いてあったのは55万円、0が5個も必要な金額だ、安月給の俺には到底払える金額ではない。


それに同意するかのように柚木さんも反応する


「結構するんですね...」

「えぇ、まぁこんなところですね」

「じゃあ、、、分割でお願いします」

「わかりました」

「では、こちらにサインを」


そうして、柚木さんのサインをもらい、その書類を書類と共に持ってきたファイルに挟む。


「今回はありがとうございました」

「はい、では明日からお願いしますね」

「えぇ、お任せください」


そう俺に一言、言って柚木さんは事務所から出ていった。



人と契約の話をして体が疲れたのか、ドアがバタンの閉まるのを確認してからぽつりと一言。






「ふうぅぅぅーーー、疲れたーーー」








 






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起きていない殺人事件 猫サカナ @nekosen22

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