第18話 夜明けの刃音(じょうけのはじおん)

夜明け前――。

まだ薄闇に包まれた村の外れで、斬牙は静かに刀を磨いていた。

血を吸いすぎた刀身は、どこか赤黒く鈍く光る。

そこへ、巨大な影が一歩、また一歩と近づく。


「……犬鬼(けんき)か。」


咆哮とともに現れたのは、かつて人間だったもの。

犬のように四つ足で走り、腐肉を垂らしながらも、瞳の奥に“理性の火”が残っていた。


「……俺を、殺してくれ……斬牙……」


その声に、斬牙の胸が刺されたように痛む。

かつて同じ部隊で戦った戦友――柴門(さいもん)。

ゾンビ化の初期症状に抗いながら、最後の意識でここまで来たのだ。


斬牙はゆっくりと立ち上がる。

「お前の願い、確かに聞いた。」


風が止み、世界が静まり返る。

一閃。

次の瞬間、柴門の首は空を舞い、血の代わりに黒い霧が立ちのぼった。


「……安らかに眠れ、友よ。」


夜明けの光が差し込む中、斬牙の影は長く伸びた。

その背後――

“誰か”がその光景を見ていた。

古びた僧衣をまとい、首元には数珠。

だがその瞳は、人のものではなかった。


「やはり、お前が“鍵”か。斬牙。」


不気味な笑みとともに、僧の輪郭が霧に溶ける。

やがて朝の鳥の声が戻り、何事もなかったかのように村が息を吹き返した。


だが――斬牙の胸中では、確かな不穏が生まれていた。

「奴は……俺の過去を知っている。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る