第3章「生き延びし永久(とわ)の森」

第1話「方舟を目指して」

 ――果てしない、荒野が広がっていた。


 エデン地区を脱出した931小隊は、先導するバイクを追う装甲車に揺られていた。


 出た直後はまだ周りが暗く、完全に日が昇っていなかったが、数時間もすると辺りを太陽が輝かしく照らしていた。


 周囲に広がるのは、ひび割れた大地と、倒れた電柱の残骸。風は乾いた土埃を舞い上げ、鉄の匂いが鼻を刺す。かつては舗装されていたであろう道も、いまは雑草と瓦礫に覆われ、走行のたびに車体が軋む音が響いていた。


 装甲車の中で部隊は、不安と希望が入り混じった様子であった。みんなは本を読んだり、銃の手入れをしたり、レーションを食べたりなどそれぞれ暇を潰していた。


 「おいお前ら、全員なんともないか?」


 アドナが操縦席の方から移動し、輸送スペースを覗き込む。


 「ええ、問題ありません。そっちはどうですか?」


 「エンジンも順調でいいと思う、だがノアーズシティまではかなりかかるみてぇだな……」


 「なんせ800km近くあるからな、燃料が保つか心配だ。一応、予備燃料のジェリカンを3本積んでいるが……」

 

 「どこか補給できる所もあるでしょう、あまり心配しなくてもいいと思います」


 「……確かにそうだな。よし! しばらくドライブを楽しんでくれよ?」


 陽気な彼の口調に、カレッジはどこか安心を覚えた。


 そうして数時間もの間、装甲車の中で揺られ続けた。が、悪路は多いし騒音によりダアト人の隊員の疲労も溜まったので初日は160kmほどで野宿することにした。


 「このペースだと、少なくとも5日くらいはかかりそうだな……」


 アンジェラが顎に手を当てて地図とにらめっこをしていた。


 「まぁ急ぎでもないし、ゆっくり行こう」


 カレッジがテントを張りながら呟いた。


 「ふぇ〜疲れたなぁ……こんなに長く運転したの初めてだよ……」


 装甲車から降りたティムの猫耳はへなっと萎れていた。音に敏感なマール族なのによく休み無しで走り抜けたものだ。


 「ティム、運転お疲れ様。今日はゆっくり休んで」


 「カレッジさん、ありがとう……! うーん、お茶でも飲みたいなぁ」


 「私が入れましょうか?」


 「え? いいの!? ありがとうアイリス!」


 「もちろんです! 長い旅になりますから、しっかり疲れを取りましょ?」


 キャンプ地を設営している間。カレッジ、アンジェラ、アドナ、ルカはルートの進行状況と補給地点の計画などを立てていた。


 「私のバイクは燃料タンクを拡張してますが...長く走れて360kmほど。予備燃料はジェリカン1本しか無いので最低でも1回の給油は必要ですね……」


「この装甲車も、走れるのはだいたいそれくらいまでだな……補給地点はあるのか?」


「ええ。『レガリア王国』という貿易国家が進路上にあります。メッセンジャーたちの中継地点として使われる場所で、補給は可能です」


「なるほど……でも少し不安だな、積んでるのはあいにくガソリンじゃなくて軽油だし、何かトラブルが起きてガス欠したら大変じゃないか?」


「ご心配なく。このバイクはディーゼルエンジンに換装済です。そっちの方が補給しやすいし、故障も少ないので


「マジかよ、なら安心だな。補給の心配が減って助かるぜ」

 

 「わかった。なら長く見積もって1週間を目安にノアーズシティを目指そうか」


 カレッジが真剣な表情でそう呟いた。


 「どこかで装甲車にガタが来るかもしれないしな、それがいい。そこの青年もぶっ続けで運転はキツイだろ? 休憩はこまめに取ったほうがいい」


 アドナがルカをチラッと見て軽く笑いながら地図を見ていた。


 「しかし……本当にかつての都市の姿を維持している街が存在するのか? 数十億人が死んだ地球でハイテク文明が維持できるとは到底思えないのだが……」


 アンジェラが思わず疑問を投げかけた。それにルカが口を開く。


 「あのエデン地区にずっといたからだと思いますよ? それこそあんなに環境が悪い街でよく生きこれましたね……あれだけ道端に死体が普通にある街なんてほとんどありませんよ」


 「……我々は井の中の蛙だったということか」


 アンジェラは、少しショックを受けた様子で下を向いていた。


 「とにかく、今日はみんなしっかり休もう。明日は早いからな」


 アドナとティムは装甲車の兵員室で寝ることにし、他のみんなはそれぞれテントを張って宿泊することにした。


 テントを張り終わった後、焚き火を起こして簡単に夕食を作ることにした。


 「食料もいくらか詰め込んできたから、当分食事には困らないな」


 この日はパンとスープ、缶詰を食べた。いつも食べていたレーションよりだいぶマシな食事にみんな満足していた。


 夜が更けて、星が顔を覗かせ始めた頃、みんなはテントの中で眠り始めた。


「ねぇマグ、マスターとジュインが焚き火のとこで何か話してたけどなんだろうね?」


 ゲイルが翼をすやすやと眠っているアイリスに被せてあげながら、ふと呟いた。


 「知らねぇよ。ただ、あの2人は前からの仲だから、もしかしたら秘密事でも話しているのかもな」


 「そうだね。にしても驚いたなぁ……マスターがカレッジ・ハーツだったもの、シャードニウム中毒になってたのも」


 「……ゲイル、お前は……マスターのこと、どう思ってる? やっぱり指名手配のこと、警戒してるか?」


 「まさか、あんな優しい人が好き好んでそういうことするわけないよ。推測で曖昧な考えだけど、エデン地区の悪人は下手に罪を隠すより荒れ狂う方が多いからね」


 「……そうか」


 「……私も、そう思う。あいつは悪人なんかじゃない……そう信じたい」


 「マグ、もう寝よ? 明日は……はや……い……から……zzz」


 「……ったく、寝るの早ぇな」


 「しっかり休めよ、ゲイル……」


 マグノリアはゲイルの側にくっつき、顔をうずめた。


 眩しく輝く星空の下、隊員たちは明日への夢を見ていた。


 ――果たして、これは嵐の前の静けさなのだろうか。

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