第14話 視線の先、空を舞う影

 頷く僕に、いつの間にか人の姿になったゲイル様は、箱から出して石を僕に見せる。


 自ら輝きを放ち、内部に光の渦ができている。普通の鉱物では見られない特徴であるそれは、本当に竜の力が宿ったものだと悟った。


「はじめるぞ。」


「はい。」


 そして、それを俺の手に乗せると、解けるように形を液体へと変え、肌から体内へとしみこんでいった。心臓の鼓動が大きくなり、一瞬ふらつく。

 壁に手をついて、体勢を整えて、閉じていた瞳を開くと、視界が広く感じた。


 左隣にいたアルバが、はしゃいでいる。


 自分の左腕を少し上げると、首を動かすことなく見えた。つまり、今俺の両目が機能していることを示している。


「みえる、両方見えます!」


【やった!よかった!】


「似合うな、その色も。」


 初めて、はっきりとゲイル様が笑って見せた。そして、僕の頭を撫で始める。


 なんだか照れくさくて、アルバの後ろに隠れてしまう。慌てて前に出るよう促すアルバだが、今は無理である。


 両目で見て、よりわかる。立ち振る舞いから、全て僕の理想の大人がそこにいた。うわ、かっこよすぎる。 

 さらにいえば、僕を気遣う優しさにも胸が高鳴る。父にも役立たずと言われ、育ってきたため、大人の男性に優しくされることに慣れていなさすぎる。

 対面しているだけ、次から次へと湧き上がる感情を抑えるために、ゆっくりと呼吸する。



「平気か?」


「ひぃ!」


 回り込まれた!急いで、両手で顔を覆う。僕は何も見てない、さっきの笑顔は気のせい。記憶違いだ。


「なんだ?」


【恥ずかしいの?】


「うん…。しばらく、放っておいて、ください…。」


 囁くような小さな声で言えば、一瞬ぽかんとした表情をした二人だったが、吹き出して笑い始める。


「…ふっ、かかかか!」


「ふ、ふふっ。」


 余計に出づらくなり、顔が熱くなるのを体感した。

 


 他にも渡すものがあると言われ、待っていると、両手でそれを持ってきた。


「剣、ですか?」


「私は使わん。アルバも別の武器がある。だから、やる。」


 差し出されるが、受け取るか迷った。そもそも僕は剣の経験はほとんどない。真剣を振ったこともないのだ。


 断ろうとするも、ゲイル様は動かなかった。アルバに助けを求めようと目を向けたが、事の成り行きを楽しそうに見ている。これは、選択肢がなくなってしまったようだ。


「ありがたく、頂戴いたします。」


 ずっしりと重みが手に乗る。この剣、もしかして前に持ち主がいたのか。鞘の部分に疵があり、柄にも黒く汚れが残る。


 それが、ゲイル様なのか、アルバなのか、それとも他の誰かのものなのかは、わからない。


「オークス。」


「は、はい!」


 なにやら重い空気になるのを感じ取り、唾を飲み込む。次の言葉を待って、心臓がバクバクと動いている。


「鍛えるぞ。」


【トレーニング!】


「はい!……えっ。」


 鍛えるとはと疑問に思ったが、特別なことはない。走ったり、筋肉をつけたりとそういったところだ。しかし、過酷であることは変わりない。


「ぐっ、ああああああ!」


 節々が痛い。ようやく一人で歩けるようになったところで、これである。思わず、無様な悲鳴をあげる。やはり、日常生活の動きと意図的に負荷をかける動作は全く違う。


 自分の身体であるはずなのに、全く違うように感じるのだ。腕を限界まで曲げたのに、頭ではもっと曲げられると錯覚し、アルバに止められなければ、危うく折るところであった。


【休む?】


「いや、まだ、やる!」


 再び、腕立ての姿勢に戻ると、そこへ煙草をふかせたゲイル様がやってきた。


「気合入っているな。頑張れ。」


 ただ一言告げて、屋敷の方へと戻っていった。アルバも同じように頑張れー!と拳を天に突き上げる。応援されたことに喜びを感じ、大きな声で気合を込める。


「おっす!!」


 そうして、地道に続けていき、頭と体の動きが一致してきたころ、ゲイル様から次の段階であると言い渡された。それは、アルバとの打ち合いである。


「ふっ、は!」


 ただアルバが構える木剣に打ち込むところから始まったそれは、見た目よりも難しかった。

 視界が慣れずに、正確な場所に当てることができない。時より、アルバから来る攻撃も避けながら、必死になって打ち込み続ける。体力は大分ついてきたので、不安は弱くなっている。


 それより問題なのは…、力加減である。冥界に来て以前より身体の調子が良くなっているのを感じるが、コントロールが効かなくなった。


 バキッと大きな音をたてて、弾け飛ぶ木の欠片。本来、剣の形を成していたものが、先から折れ曲がっている。   

 これで、三本目…。


「ごめんなさい…。」


 上達する気配がなく、物を破壊するだけの僕に対しても、アルバは応援してくれた。


【上達してきている。次だよ!】


「…優しさが身に染みる。」


 泣けてくる。その言葉に励まされ、僕は新しい木剣をとりに、訓練道具が立てかけてある置き場所へと着いた。


 そこには、ゲイル様がいて、酒も煙草もせずに、ただ立っていた。


「ゲイル様?」


「ん、あぁ、オークスか。」


 いつもよりぼんやりとした様子に、違和感を覚えた。僕の方に近づき、それから手を伸ばして、僕の前髪を避けた。じっと額を見られている。

 地面に生えていた草でもついてしまっていたのだろう。


 しばらくすると、手が離された。何となく、今の行動を指摘することはいけないことだと思った。何となく気まずさを感じて、視線を逸らす。


「どうだ、鍛錬は。」


「はい、上手くやれているかはわからないですが…。」


 鍛錬でのことを話せば、いつも通りのゲイル様だった。余裕のある大人の雰囲気に、ほっと安心感を覚える。


「まぁ、身体の感覚が戻りつつあるってことは、上出来だ。これなら…。」


 その時、耳に入ってきた音に、息を飲んだ。


 すぐさま、その方角へ目を凝らせば、見覚えのある空を飛ぶ姿が映し出される。あれは、もしや!

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