第5話  剣と笑顔と、小さな誇り

 大きな樹木の下に、剣を振るう青年。珍しく口元を覆う布を外しているが、暗くてはっきりとはその素顔は見えない。


 僕のぞんざいに扱い、チビ呼ばわりしたアーノルド様だった。昼間の行動を思い出すと、気に食わないという印象が強い。でも、シャノン様がわざわざここに連れてきたのには、何か意味があるのだろう。


 まだこちらの様子には気づいていないのか、素振りを繰り返している。


 その姿に僕は、目が離せなくなっていた。素早い振りではあるが、力強い一振り。呼吸すら技の一部と化している。自分の鼓動が耳元で聞こえてくるのが、煩わしいと感じるほど、僕は夢中になって彼の姿をその眼に映す。


 狩りや自己防衛で必要であるからと、僕を含め男兄弟は父親から剣や弓を教えられる。

 しかし、目の前にある光景は、父や兄たちが比にならないほどの、洗礼された剣術であった。


 彼のように強くなれたら、僕も認められるだろうか。


「すごいでしょう。私の騎士。」


「…えっ?」


 思わぬ人の声が聞こえて、反応が遅れた。


 竜の方は、誇らしげに彼を騎士と称した。肩が当たるくらい近くにいたのに全然気が付かなかった…。


「わっふっ!」


 大きな声をあげてしまいそうで、瞬時に自分の口を覆ったため、アーノルド様は鍛錬を続けている。ただ驚いた拍子に出た言葉を遮ったので、変な声になってしまった気がする。聞こえてしまったかなと横にいる御方の表情を確認した。


 竜の方は僕の行動をしっかり見ていたようで、ほんの少しだけ口角が上がっている。


 初めて、相手の感情が分かった気がして嬉しい反面、それが自分の失態によるものだということに恥ずかしさがこみあげてくた。


 そうして二人で見つめ合っていると、アーノルド様から見えないように隠れていた目の前の茂みが動く。


「……何やってるんだ、お前は。それに、水竜様まで。」


「げっ、バレた。」


「バレたってなんだよ?」


 見つかるや否や、アーノルド様は服の首元を掴み、僕の身体を宙に浮かした。ジタバタ暴れるものの、無駄な抵抗である。


 鍛錬の際に外していたはずの、見慣れた布を口につけていた。いくら体格差があるにしても、この状態は恥ずかしい。まるで躾のできていない小動物を窘めるようだ。


 くるりと半回転させ、竜の方の方を向く。


「水竜様、外に出るときはおっしゃってください。」


「貴方の剣はいつも綺麗だから、見たい気持ちが抑えられなくて。」


『ほぉほぉ、流石は我が弟子だな。』


 騎士という言葉と鳥の弟子という言葉に引っかかりが残る。穏やかな空気になるのはいいが、それよりも僕はまだ宙づりの状態である。


「いい加減に、離してくれ!この!どうして、この力の差が!」


「ん?あぁいたのか。小さすぎて気が付かなかった。」


 …あんたが、最初に持ち上げたんだろう。顔を見れば、自分との力量の差を分かったうえ、行っているのが表情からありありと伝わってくる。

 完全に馬鹿にされている。


 いくらこの聖域を守っている人だとしても、僕にだって尊厳があるはずだ。いざ文句ひとつ、口にする前に、アーノルド様は僕たちが来た道を戻っていった。しかも、僕を持ち上げたままでだ。


「あぁ、竜の方!シャノン様!助けて!」


「どうせ、歩けないのなら、このまま運んでいく方が効率いいからな。」


『そうだな、弟子の言うとおりである。』


 あんたには聞いていないし、さっきから、この鳥の方は、弟子自慢しかしてない。もし師弟関係があるなら、この状況をどうにかしてほしい。最後の頼みの綱は竜の方。


「ふふっ。」


 あっ、笑っている。


 今度は誰が見ても、笑いだと分かるほど感情を出していた。表に感情が出にくい人である印象だったが、こうしていると普通の女の子である。綺麗だなという感情が頭に浮かんだ。


 先ほどまで喋っていたのが急になくなり、不審に思い首を動かす。


 すると、シャノン様もアーノルド様も目を見開いていて、じっと竜の方を見ていた。


 だが、次に竜の方を目に移すと、にこやかな表情は消えて、気品ある姿がそこにある。


 見間違えだったと思うほど、一瞬の出来事に名残惜しい気持ちが湧くが、そのままの体勢で再びアーノルド様が歩き出してしまったため、強制的に家へと連れ戻されることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る