43話 君に渡せなかったもの
結界が消え、あの忌まわしき黒い花は霧のように散っていった。
ミナトは崩れ落ちるように膝をつき、ユリの前で顔を伏せたまま、震えていた。
「……わたしは、まだ、生きていていいの?」
その声に、ユリは迷わなかった。
「生きて。あなたは、生きて償える」
淡い陽光が雲の隙間から差し込み、夜が終わる。
ミナトの周囲に咲いていた待宵草がすべて散り、新たに白い花が地を覆った。
それは――贖罪と再生の印だった。
◇
ミナトは拘束されず、スイレンの命により保護下に置かれた。
表向きには「教団の内部告発者」として処理され、事件そのものは事故として曖昧に処理された。
だが、真実を知る者はわずかだった。
スイレンはすでに次の局面を見据えていた。
「――これで、終わりだと思っているなら……甘いわよ、ユリ」
ユリは返す。
「……わかってる。これはきっと“始まり”」
未来視を持つスイレンにとって、この一件は“避けられたはずの惨禍の中でも最小の犠牲”に過ぎなかった。
けれど、何かが少しずつ変わっていることもまた、事実だった。
ユリの中にある浄化の力は、まだ完全に覚醒していない。
だがそれは、花が蕾からほころび始めたような変化だった。
そして。
最後の敵――“世界を滅ぼしかけた魂の集合体”が、静かに目覚めを始めていた。
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