43話 君に渡せなかったもの


 結界が消え、あの忌まわしき黒い花は霧のように散っていった。

 ミナトは崩れ落ちるように膝をつき、ユリの前で顔を伏せたまま、震えていた。


 「……わたしは、まだ、生きていていいの?」


 その声に、ユリは迷わなかった。


 「生きて。あなたは、生きて償える」


 淡い陽光が雲の隙間から差し込み、夜が終わる。

 ミナトの周囲に咲いていた待宵草がすべて散り、新たに白い花が地を覆った。


 それは――贖罪と再生の印だった。



 ミナトは拘束されず、スイレンの命により保護下に置かれた。

 表向きには「教団の内部告発者」として処理され、事件そのものは事故として曖昧に処理された。

 だが、真実を知る者はわずかだった。


 スイレンはすでに次の局面を見据えていた。


 「――これで、終わりだと思っているなら……甘いわよ、ユリ」


 ユリは返す。


 「……わかってる。これはきっと“始まり”」


 未来視を持つスイレンにとって、この一件は“避けられたはずの惨禍の中でも最小の犠牲”に過ぎなかった。

 けれど、何かが少しずつ変わっていることもまた、事実だった。


 ユリの中にある浄化の力は、まだ完全に覚醒していない。

 だがそれは、花が蕾からほころび始めたような変化だった。


 そして。


 最後の敵――“世界を滅ぼしかけた魂の集合体”が、静かに目覚めを始めていた。

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