41話 消滅と解放


東京は静まり返っていた。

 誰もが眠る街。黒い花粉が漂う空。時間すら、止まっているように見える。


 「ここが……ミナトの結界」


 ユリは、黒い花が咲き乱れる廃墟の街に立っていた。周囲に人影はない。音もない。唯一、風に揺れる花だけが生を主張している。


 歩き出すと、空間がわずかに揺れた。誰かの感情が、ユリの心に入り込んでくる。


 ――どうして誰も救ってくれなかったの。

 ――せめて世界ごと終わってくれれば、楽になれたのに。


 「……ミナト」


 重たい感情が降り積もるなか、彼女の前に“それ”は現れた。


 ミナトはそこにいた。

 黒衣をまとい、顔を隠し、ただ花の中心に佇んでいた。


 「来たんだね、ユリちゃん」


 その声は穏やかだった。どこまでも冷たく、悲しみに満ちていた。


 「お願い、ミナト。やめて。こんなの、あなたが本当に望んでることじゃない」


 ミナトは首を振った。


 「望んでるよ。私はただ……全員を助けたかっただけ。もう誰にも苦しまないでほしいから、この世界を眠らせるの」


 「違う! それは助けじゃない! それは……あなたの独りよがりだよ!」


 風が吹いた。黒い花びらが宙に舞う。

 ミナトの背後、巨大な“花”が咲く。


 エンド・フラワー――憎しみと絶望の感情の集合体。


 「あなたがそれに支配されてるなら、私はそれを壊す」


 ユリの瞳に、かすかな光が灯った。

 彼女の心の奥に、白い花が咲いた。


 「私はあなたを助けに来た。戦うんじゃない。……届かせるの、私の想いを」

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