40話 エンド・フラワー


 闇の中、ユリは目を開けた。視界は滲み、音も遠い。だが、確かにそれは“誰かの記憶”であり、痛みであった。


 〈……やっぱり、私じゃ無理だったのかな〉


 何度も繰り返された声。少女――ミナトの記憶だ。


 教団の施設の一角。蝋燭の灯りの中、巫女候補たちが円陣を組み、儀式を執り行っている。ミナトもその中にいた。


 「彼女は素直すぎた。誰よりも人を救いたいと願っていた。それが、仇になったのよ」


 どこかでスイレンの声がした。記憶に語りかけるように。いや、これはユリの意識の中に響く、スイレンの念話だった。


 「“花”は願いに反応する。けれど、強すぎる願いは、呪いにすり替わることもある」


 ミナトの表情は、無垢そのものだった。だが、その瞳の奥には常に不安と焦燥があった。選ばれなかったらどうしよう。誰かを救えなかったらどうしよう。――その思いが、心を壊していった。


 「そして、彼女は“花”に選ばれた。救済ではなく、呪いの器として」


 儀式の最中、異変が起きる。ミナトの背後に浮かび上がる黒い花。他の巫女候補たちが次々と倒れていく。スイレンが割って入り、ミナトを庇う――だが彼女の力は暴走し、止まらなかった。


 「……止められなかった。あの時の私は」


 記憶が断ち切られる。ユリの意識は現実へと戻ってきた。地下の部屋。スイレンが、かつてないほど苦い表情で立っている。


 「どうして私に、この記憶を?」


 「あなたにしか止められないと思ったからよ」


 スイレンの視線がマップの一点に向けられる。そこには、巨大な黒い花が今まさに咲き誇ろうとしていた。


 「ミナトの力は、私にも抑えきれない。彼女は“世界を消したい”と願いながら、“世界を救いたい”と泣いている」


 「それって……」


 「矛盾そのものが、彼女を呪いの中心にしてしまったのよ。まるで、この世界の痛みを一身に背負うかのように」


 ユリは立ち上がる。指先が震えていた。でも、足取りは確かだった。


 「なら、私が行く。ミナトを助けるために」


 「助ける? それとも、浄化する?」


 スイレンの問いに、ユリは微笑みを返した。


 「その両方よ。彼女も、私たちも、全部――救ってみせる」


 その瞳に宿るのは、もはや恐れではなく、決意だった。


 黒い花が咲き乱れる東京。呪いが街を覆い尽くす中、ユリは“本当の巫女”として、歩みを始める。


 ――その手には、白い花の紋章。

 ――彼女の名は、百合。救いの名を冠する者。

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